海外の葬送事情

韓国

97年以後、急上昇する火葬率
経済危機で実利的になった人々
国レベルでも散骨の普及へ着手


                    平井久志(共同通信ソウル支局長)    

 韓国政府が最近掲げているスローガンは「ダイナミック・コリア」です。日韓の間では似通った風習や考え方が多いのも事実ですが、韓国で暮らしていて日本と最も違うと感じるのは、この「ダイナミズム」です。日本に比べると変化の速度が極めて速いのです。僕は韓国の人々に「ダイナミック・コリア」ではなく「ツ・ダイナミック・コリア(あまりにダイナミックな韓国)」だと言っています。

 葬送に関する意識や行動形態の変化も「あまりにダイナミック」なのです。韓国の葬送文化の現状と変化について報告したいと思います。

李氏朝鮮時代に導入された土葬

 変化を考察するには、変化する前の本来の伝統を振り返る必要があるでしょう。韓国の葬送文化の基本は儒教です。仏教やキリスト教など多様な宗教がありますが、葬儀の伝統的な姿は儒教式で、その上に個々の死者が信仰していた宗教的な形式が加味される形になっています。土葬も儒教の影響ですが、大昔から土葬が一般化していたわけではないようです。仏教の影響で統一新羅時代から高麗時代までは火葬が主流でした。しかし、李氏朝鮮時代に入り「崇儒抑仏政策」で儒教政策が推進され、土葬が一般化されます。

 東京外国語大学の丹羽泉先生によると、葬儀は臨終、皐復(招魂)、哭、発葬、発喪、?襲、成服、弔問、治葬の順に基づいて行われるとのことです。

 臨終のすぐ後に行う「皐復」は「招魂」とも呼ばれます。死者から抜け出した魂を呼び戻す儀式で、死者の服を屋根に上げ、名前を3回呼び、その服を死者の胸に戻すそうです。「哭」も魂を呼び戻す儀式で、死者の子どもはあまりの悲しみのために声を上げて泣けないので、その代わりに兄弟や親族が声を上るのです。中国や朝鮮の「泣き女」の風習は、こうした儒教的な儀式と民俗的な霊魂観が背景にあったとみられます。

 次は「発葬」で、遺族は死者の髪の毛を抜き、装身具をはずして白衣を着せます。そして、喪主を決めて葬儀を知らせる訃告を行います。「?襲」は死者の体を洗い清め、衣服を着せることで、「成服」は遺族が喪服を着ることです。最後の「治葬」は葬儀を行うことです。

 今でもそうですが三日葬、五日葬、七日葬が一般的で、死者が亡くなった3日後、5日後、7日後の適当な日に葬儀を行います。なぜか奇数日で偶数日はありません。出棺前に喪主以下が霊座の前に参列し、焚香礼拝し死者に別れを告げます。その後、近親者が棺を持ち出棺=韓国では出棺を「発?(パリン)」と言います=を行います。喪輿に棺を乗せて葬地まで向かいます。棺がつくまでに葬地では穴を掘っておき、埋葬が終わると一同が墓の前で礼拝を行い葬儀が一応終わります。

本家・中国より厳格だった「三年喪」

 葬儀の終了は「初喪(チョモ)」が終わったに過ぎません。葬儀の後、喪中にある遺族と近親者は位牌や慰霊の前で毎月1日と15日に供え物を置く「朔望奠(サクマンジョン)」を行います。1年目の命日は「小祥(ソサン)」といい、2年目の命日は「大祥(テサン)」です。この大祥を終えてようやく「三年喪」が終わるわけです。数え年で計算するので丸2年で行うのが一般的です。

 三年喪は、元々は中国にあった考え方で、孟子に「子生三年然後 免於父母之懐 故 父母喪 必以三年也」(子が産まれて3年経ってようやく父母の懐から離れることができるようになる。よって、父母が亡くなられた後は三年喪をしなければならない)という言葉があるようです。朝鮮半島に入り本家よりも厳格に行われるようになったようです。

 北朝鮮の金日成主席が亡くなった時に金正日総書記がやった三年喪が最近では印象的でした。金日成主席は1994年7月8日に亡くなりました。北朝鮮は丸3年経た97年7月8日に、金永南外相(当時)が追悼大会で「喪明け」を宣言しました。社会主義体制のせいか数え年の計算ではなく丸3年の服喪でした。

 韓国ではこの習慣はほぼ消滅しましたが、実践する人がまだ時折います。

 韓国中部の大邱市で教育委員長も務めた金ヨンチョル氏(74)は2003年5月に母親を亡くし、慶尚北道の自宅の霊前に朝、夕食事を供え、自宅から歩いて約10分の墓を毎朝訪れました。陰暦の毎月1日と15日には喪服を着て追悼しました。母が生きていたときに三年喪を守ると約束し今年5月10日に大祥を終えました。

 金さんは自宅でしたが、もっとすごい人がいました。「侍墓」(シミョ)という言葉があります。父母の墓の近くにあばら屋を建て、父母の恩と死について3年間考えるのです。

 仁川市の大工、ユ・ボムスさん(52)は、工事中の事故で入院中の2002年5月に母親が亡くなり、臨終に立ち会えなかったそうです。退院するとすぐ、山中の母親の墓近くにあばら家を建て侍墓生活を始めました。電気も水道もない暮らしです。奥さんは、生活がすべて自分にかかってくるために強く反対しましたがユさんの決意は変わらず、墓前に食事を準備し、母に向かって歌を歌う生活を丸3年間続けました。話題になり、学生たちが親孝行の体験学習に訪れるなどしました。

 髭も剃らず髪も切らず、喪服を着たまま今年5月に3年が来ましたが、「もう1年やる」と言い出して奥さんと大喧嘩になり、インターネット上で親孝行か家族への義務かの論争になりました。

マスコミが「ニュース」として報じるほどですから、今日では稀ということを逆に証明しているといえそうです。ただし、まだこういう人がいるという点は、日本とはまた異なった情緒と考え方があるといえそうです。

 一般市民はそれほど厳格ではありません。僕が韓国に暮らしていて経験した範囲では,以前は亡くなった人が出るとその自宅で日本でいうところの通夜があり、知人や友人たちが夜遅くまで食事をし酒を飲み、語り明かします。日本と同じように弔慰金を持っていきますが、冠婚葬祭用の特別な水引付きの封筒があるわけではなく、普通の白封筒が一般的です。三日葬や五日葬、七日葬ですから出棺まで、いつでも弔問をすることができます。喪主はずっと喪家を守らねばなりません。

国土の1%を占有し、住居の4倍広い墓地

 韓国の病根と言われてきたのが墓地の問題です。かつては大半が土葬で火葬を避けました。墓地は個々人のものが一門の墓よりはるかに多いようで、その増加がずっと深刻な社会問題になってきました。

 韓国語で墓は漢字語では「墓地(ミョジ)」ですが、固有語では「ムドム」です。「ムドム」は「オドウン(暗い)タン(土地)」から来たとみられ、語源的にはお墓は本来は暗い場所にあるものだと思うのですが、現実はそうではありません。墓の場所の選定には風水学が動員され、小高い丘の日当たりのよい場所が良いとされます。

 1998年の推定で2013万9000基の墓があるとされ、韓国の国土面積の約1%、約998平方キロメートルが墓地に占有されています。このうち縁故者のいない墓が約800基と推定されています。88年から96年まで、年平均で毎年約17万基の墓ができ、面積で8・6平方キロメートルの墓地が増加しています。これはソウルの国会議事堂や証券取引場のある汝矣島(ヨイド=8・49平方キロメートル)に匹敵します。墓場が国土を浸食し続けているわけです。

 韓国の墓の広さの平均は19坪(63平方メートル)ということです。国民1人当たりの住居面積は4・3坪(14平方メートル)ということですから、死者のための面積が生きている人間のための面積の約四倍となるわけで驚きです。墓は生前の富や地位の表現にもなっているわけです。

 しかし、冒頭に述べたように韓国の葬送文化の変化は相当にダイナミックです。保健福祉省が今年5月に発表した資料によると、韓国の火葬の比率は1971年にはわずか7%、その10年後の81年には13・7%でした。そのまた10年後の91年でもまだ17・8%でしたが、97年以降、急速に増加し、97年の23・2%が99年に30・3%、2002年には42・6%、03年には46・4%にまでなり、現在は50%を超えたのは確実だと思われます。

 これは僕の私論ですが、98年からの火葬率の急上昇は、97年末から始まった韓国の経済危機が大きな影響を与えているのだと思います。韓国の人々は経済危機で人生観を変えました。多くの人々が墓地を買う金を失い、自分の人生を実利的に考えるようになりました。韓国が経済危機を克服しても実利的な考え方は変わらず、それが火葬率の上昇につながっているのだと思われます。

 韓国消費者保護院が昨年5月、過去2年間に両親や兄弟の葬儀を行った全国5都市の400人を調査したところ、400人のうち土葬をしたのが282人(70・5%)、火葬が118人(29・5%)でした。

 興味深いのは、葬儀を経験した人が、自分が死亡した時に土葬と火葬のどちらを希望するかという調査では、全体の66%の264人が火葬を希望し、土葬希望者は34%でした。火葬希望の比率は韓国中部の大邱が77・8%と最も高く、ソウル75・9%、釜山66・3%、大田58・8%、光州が最も低くて30・8%でした。

葬儀産業に変身している大病院

 この調査では、葬儀の場所も大きく変化していることが分かりました。病院の霊安室での葬儀が70・8%で断トツ、自宅が21・5%、専門の葬儀式場が6・8%、宗教施設が1%でした。

 ソウルでは実に91・7%が病院での葬儀でした。都市化でアパート居住者の割合が急増し、手狭なアパートでの葬儀は困難で病院が一大葬儀産業に変身しているのです。これはここ10年くらいの急激な変化です。韓国のアパートには老人たちが集う「敬老施設」のような空間が必ずあるのですが、そこで葬儀をしているのを見たことがありません。老人が日頃利用する空間だけに葬儀などを嫌うのかもしれません。

 大きな病院には数多くの霊安室が設けられ、仏教式、プロテスタント式、カトリック式、無宗教式など故人の望む方式の葬儀をやってくれます。隣には大きな広間が設けられ食事や飲食の提供もしてくれます。弔問客が訪れ、弔慰金を置き、そこで食べたり飲んだりしながら故人を偲ぶのは従来と同じです。病院の霊安室周辺には花束はもちろん、葬儀用具や弔問客用の黒ネクタイや礼服まで準備してあります。

 火葬を行った118人中、遺骨の取り扱いについては「納骨堂に安置」が65・2%、「散骨」が28%、「納骨墓地に安置」が6・8%でした。また、土葬の282人の方は「個人の墓」46・1%、「一門の墓」27・3%、「私設公園墓地」11%、「公設墓地」11%、「宗教施設の墓」4・6%という結果でした。

 葬儀費用は全体で平均938万ウォン(約102万円)です。土葬の場合、さらに墓の関連費用が714万ウォン、火葬の場合は納骨堂の安置費用260万ウォンが加わり、土葬の場合が平均で1652万ウォン(約180万円)、火葬の場合は平均1198万ウォン(約130万円)でした。

 散骨については400人のうちの66・3%が「望ましい」とし、また、樹木の下に骨を撒く「樹木葬」については71・3%が「望ましい」として散骨よりも高い支持率を示しました。

葬儀経験者の24・5%が散骨希望

 また、自分が死亡した際に火葬を希望するとした264人のうち37・1%が散骨を希望し、400人の全体の中では24・5%が散骨を希望しているという結果でした。

この調査を行った韓国消費者保護院は国土利用の効率性、経済性、親環境性から散骨が最も望ましい葬送方式であり、関連法規の整備、市民団体などのセミナー開催、散骨に対する広報の強化などを提唱しました。

 釜山市が今年4月に発表した市民1万7931人に対する調査では、市民の86・4%が火葬を希望し、土葬希望は11・9%に過ぎませんでした。同市の2001年の調査では火葬希望は67・6%でしたから大きな意識変化です。火葬希望者の48・5%が遺骨を納骨堂に安置することを、27・3%が散骨を希望していました。

 一方、全国土地行政学会会長の金テボク中部大教授が今年1月に韓国の30歳以上の1103人に対して行った「2005年、葬墓文化についての国民意識調査」で、「散骨によって家族制度の崩壊が加速化」について21・3%が「全面的に同意」、56・7%が「同意する側」と答え、78%が散骨が家族制度の崩壊を加速化すると考えているという結果が出ました。

 本人の遺体処理に関しては65・3%が火葬を希望、埋葬は34・3%でした。火葬希望の理由は、「国土面積が狭くなる」が41・4%、「子孫が墓の維持が難しくなる」が30・9%、「墓地を準備できない」が11・4%でした。火葬希望者に遺骨をどうするか質問したところ、「家族の納骨墓地への安置」が39・3%、「公立や私立、宗教団体の納骨堂安置」が30・9%、「宗教団体や一族・公園墓地などの納骨墓地へ」が14・6%、「山や川、海などへの散骨」は13・7%でした。

祖先礼拝の機会が減ると心配する人々

 この調査は、散骨の希望者が増えているものの、散骨により先祖への礼拝の機会が減り、家族制度の崩壊がさらに加速すると考えている人がかなり多いことを示しています。

 最近、樹木葬にも関心が高まっています。樹木葬は自然から生まれた人間が自然に帰る方法の一つともいえます。先の調査のように、海や山、川に散骨した場合に追慕の対象がなくなり家族制度の崩壊につながると考える人々にも、追慕の対象としての樹木が残る長所を指摘する声もあります。

 高麗大学教授を務めた元老林学者の金樟洙博士が昨年9月、85歳で亡くなりました。遺言に基づき火葬後に遺骨が京畿道楊平郡の高麗大学農業練習林のブナの木の下に埋葬され、大きな関心を集めました。遺族は墓碑もつくらず木に「金樟洙ハラボジ(おじいさん)の木」という札を付けるだけにしました。金博士は「人間は自然から生まれ自然に帰る。遺骨を箱に入れて埋めると自然に負担になるから遺骨の箱もつくるな」と言い残したそうです。金博士の夫人も「夫が埋まった木を見ると、(夫が)ここにいるんだという思いで気持ちがしっかりする」といっています。

 朝鮮日報によると、韓国の山林庁も国のレベルで樹木葬を推進することを検討中ということです。山林庁関係者は「(樹木葬を希望する)故人たちの崇高な気持ちは儒教文化により錦水山江が墓地に変わっているわが国の現実を反省させるものだ。今後、山林保護と墓地文化改善のために樹木葬を積極的に奨励する計画」と述べています。

 韓国の保健福祉省は現在、葬事制度改善推進委員会をつくり公聴会を開くなどしながら「葬事になどに関する法律」の改正案を作成中です。今年7月段階では、? 墓碑の高さや墓地の面積などの規制、?「自然葬(散骨)」制度の導入、?公設墓地に一定規模以上の納骨施設や散骨施設の設置などを義務づける、?火葬場の拡充と施設改善などが検討されているようです。

 韓国の葬送文化は儒教中心の土葬文化から火葬文化へダイナミックに移行しつつあります。さらにこの火葬文化が広がる中で、樹木葬を含めた散骨に大きな関心が集まり始めており、国や自治体も国土保全や環境対策もあって積極的に支援し始めています。国や自治体のこの積極姿勢が日本と異なる点かもしれません。環境団体や葬送に関する様々な市民団体が生まれ、その活動が国や自治体に影響を与えています。

岐路に立つ李朝以来の儒教的風習

 韓国は「産業革命には遅れたが、情報化は先駆けよう」とIT産業の育成、環境整備など驚くべきスピードで進めてIT先進国になりました。李朝朝鮮以来の儒教的な風習の中で動かなかった土葬文化が、97年末からの経済危機で急速に火葬文化に変化しました。このダイナミズムが火葬後の葬送文化の変化にまで急進展するのか、韓国はその岐路に立っているようにみえます。

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ひらい・ひさし(平井久志) 1952年、香川県生まれ。
早稲田大学卒業後、共同通信に入り、広島、山口大阪などの勤務の後、延世大学韓国語学堂に留学。過去2回のソウル特派員、1回の北京特派員を経て2003年から3度目のソウル特派員。朝鮮半島問題の専門記者として著名で、2002年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞している。『ソウル打令―嫌韓の谷間で』『日韓子育て戦争 ―「虹」と「星」が架ける橋』(徳間書店)などの著書や多くの訳書がある。


「再生」第58号(2005年9月)

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