海外の葬送事情

カナダ

高まってきた簡素な葬儀へのニーズ
 少数民族の葬送習俗、配慮が課題に


          河野さつき(オンタリオ州・グェルフ大学社会・人類学部準教授)  

庶民に根付いた民間信仰の影響力

 十数年間のアメリカ生活を経て、2004年にカナダに移住して以来、カナダとアメリカはどう違うのだろうと折に触れて考えてきました。本稿では、トロント市郊外における筆者の体験をもとに、アメリカとの比較をまじえ、カナダにおける葬送習俗の一端をご紹介したいと思います。

葬送は葬儀社に任せるのが普通

 アメリカ同様、カナダでも葬送儀礼は葬儀社に任せるのが普通です。オンタリオ州では、1820年代に葬儀社が登場して以来、葬送は葬儀社の領分となり、現在では亡くなった人の家を訪問する習慣はすっかりすたれてしまいました。昔は自宅の居間に遺体を安置して、親族や近所の人が集まったそうです。

 いつ頃から葬儀社が葬送儀礼を仕切るようになったのか調べてみると、かなり地域差があることがわかります。メモリアル大学の研究者によれば、ニューファンドランドでは、都市部でさえ1960年代まで葬送儀礼は地域共同体の仕事で、人が亡くなると、その家のブラインドは低く下げられ、鏡は白い布で覆われたそうです(Ivan Emke, “Why the sad face?: Secularization and the Changing Function of Funerals in Newfoundland,” Mortality 7;3, 269‐284)。

 葬儀は普通、亡くなってから1週間以内に行われることが多いようです。アメリカ同様、法的に義務付けられているわけではありませんが、エンバーミング(遺体の処理)が頻繁に行われています。処理した遺体は長持ちするので、死亡後すぐに葬儀を行う必要はありません。必要になるまで葬儀社で遺体を保存してくれます。

 遺体が儀礼の場にあるかどうかで行われる儀礼の名称が変わります。「伝統的な葬儀」では必ず納棺された遺体が安置されます。追悼式の場合は、棺の代わりに骨壺に入った焼骨が安置されたり、故人の写真や遺品が用いられたりします。トロント郊外の葬儀社に問い合わせたところ、伝統的な葬儀の方が高いそうです($5,000前後; 現在$1=102円)。伝統的な葬儀では、遺体には普通エンバーミングが施されます。伝統的葬儀には棺が必需品です。棺($1,600‐8,000)は骨壺($175‐1,200)より高価なので、追悼式の方が安上がりなのです($3,500前後)。

最近増えた「火葬のみ」の葬儀業者

 カナダでは、全国統計を見ればずっと土葬が主流でしたが、最近火葬が増えています。火葬を推進する北米火葬協会によれば、2004年カナダの火葬率は56%で、アメリカより火葬が普及しています(アメリカの火葬率は30%)。世界各国の火葬状況を考えると、かなり高い数値です。

 まだまだ伝統的な葬儀が主流ですが、「もっと安くすませたい」と考える消費者のニーズにあわせ、最近「火葬のみ」の簡素なサービスを中心に提供する業者が増えてきました。業者は遺体を棺にいれ、火葬場に運び、火葬に必要な事務を行うだけです。エンバーミングも追悼式も行われません。

 「火葬のみ」のサービスの浸透に危機感を覚えている葬儀業者は少なくありません。オンタリオ州の葬儀業者の団体(OFSA)は、ホームページに葬儀の重要性を記しています。葬儀は、主に残されたものが親しい人の死に向かい合い、乗り越えるのに必要な儀礼と考えられています。また、葬儀にはできる限り「故人らしさ」を反映させ、亡くなった方の人生を祝うべきであると記されています。専門業者が葬儀の重要性を説く必要を感じているということは、一般の人々が葬儀にたいそうな価値を見いださなくなってきていると考えることができます。葬儀は、行われるのが当たり前の儀式ではなく、消費者を説得して行わせる儀礼になりつつあるのかもしれません。

 カナダには火葬後遺族が遺骨を骨壺に収める習慣はありません。筆者が見学したトロント郊外の火葬場には小さなチャペルがありましたが、火葬前にほんの数分お別れするのに利用されるだけで、火葬が終わるまでチャペルで待つということはないそうです。遺族は1週間ほどたってから骨壺に入った遺灰を引き取りにきます。

 火葬炉の温度はだいたい千度程度で、90分ほどで遺体は焼骨となります。火葬場には火葬後の遺骨を粉砕する機械があります。知り合いの人類学者によれば、火葬をしただけでは、火葬炉の温度をどれほど高くしても灰にはならないそうです。火葬の後、機械で処理して遺灰にしているという事実は意外と知られていないので、火葬すれば遺体は自然に灰になると誤解している人が多いそうです。

環境への影響も考え選ばれる葬法

 伝統的な葬法である土葬にくらべ、火葬は新しく合理的な葬法と考えられています。土葬に比べると安価なので火葬を選ぶ人もいます。また、宗教離れも火葬普及の一要因と考えられます(1886年に法王庁から火葬禁止令がだされ、1964年に解除されるまでカトリック信者の火葬は禁じられていました)。火葬を選んだ同僚は、「私は無神論者なので、安いのが一番」と語っていました。土葬では、トロント郊外に墓地を新しく購入すると2000‐2500ドルかかりますが(敷地のみ)、焼骨埋蔵の場合はその半額ほどですみます。

 土葬では、普通遺体にエンバーミングを施し、保存液を遺体に注入することになります。前述の自然人類学者によれば、保存液には環境に悪影響を及ぼす物質が使用されており、火葬の方が保存液を使わない分環境に良いと考えられるそうです。土葬より「自然にやさしい」と考え、火葬を選ぶ人がいる一方、火葬は大気汚染のもとになり、環境に有害であると考える人もいます。最近では、エンバーミングを施さず、遺体を簡素な棺にいれ、土葬にして自然にかえすための自然埋葬墓地を設立しようという動きがあります(http://www.naturalburialassoc.ca)。

 墓地には様々な焼骨の安置場所が設けられています。地下に埋蔵する場合は、インターメント・スペースと呼ばれる区画を利用することになります($1000前後)。日本のようなカロートはつくられず、地面に穴を掘って直接骨壺を埋め、その後地上にプレートを設置したり、石碑を建てたりします。夫婦が一緒に入れるよう、普通一区画に骨壺を2つ埋めることができるそうです。既に家族区画を利用中の場合には、その区画内に遺骨を埋蔵することができます。

 どの墓地にもコランバリウムと呼ばれる遺骨の収蔵施設が地上に設けられています($1300‐2900)。ロッカーのような施設で、室内にある場合と野外にある場合があります。しゃれたデザインの骨壺をおさめて楽しめるよう、ガラス製の蓋のついた施設もあります。

 昨年亡くなった知り合いの遺灰は、兄弟姉妹の手によってグェルフ大学にある広大な植物園に撒かれました。大規模な霊園には、散骨専用の庭園が設けられています。トロント市内にある大手の霊園では、散骨の場合、故人の名前を刻んだプレートを庭園にある彫刻等に貼付けてもらうことができます。後で遺族が故人の遺灰が撒かれた場所を見つけることができるようになっているわけです。業者に頼んで飛行機で空に遺灰を撒いてもらうこともできます。

少数民族の葬送文化認める多文化主義

 アメリカ同様、カナダも多民族国家ですが、一番の違いは、カナダでは多文化主義が国家理念として掲げられている点でしょう。多文化主義のカナダでは、少数民族が自分たちの文化を守る権利が認められています。1990年代より移民が爆発的に増え、トロント市では外国生まれのカナダ人が40%いるといわれています。街を歩いていると、英語以外の会話が頻繁に耳に入ってきます。移民の増加は社会生活全般に様々な影響を及ぼしていますが、葬送にはどのような影響を与えているのでしょうか? 少数民族の葬送の自由は確立されているのでしょうか?

 葬送における多文化主議の重要性は、都市部の葬儀業者にはある程度認識されているようです。例えば、トロント郊外の葬儀社では、葬送習俗は文化に規定されるので、文化の違いに注意し、遺族にきめ細かな対応をするようにしているそうです。しかし、社会一般における少数民族の葬送の自由の確立はカナダのこれからの課題です。地元の新聞記事によれば、昨年、筆者の自宅近くを流れるクレジット川にヒンズー教徒がお供えとして遺灰とともに流したココナツやプラスチックの包装紙につつまれた花束が浮き沈みしているのが発見され、環境保護団体の間で問題視されました(2007年4月13日、The Brampton Guardian)。

 カナダで亡くなったヒンズー教徒の移民の遺灰は、母国に送られ、ガンジスに流されるのが一般的でしたが、最近では、2世、3世のヒンズー教徒の間で、生まれ育ったカナダの河川に遺灰を流したいという希望があるそうです。イギリスでは、特定の河川の岸に限りヒンズー教徒が死の儀礼(散灰・お供え)を行う権利が認められています。カナダでも同様の権利を確立しようとするグループが活動を行っていて、ナイアガラ川も散灰儀礼の候補地の一つに上がっているそうです。将来、多文化主義のこの国で少数民族の葬送の自由がどのように確立されていくのか興味深く見守っていきたいと思っております。

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かわの・さつき
 米国ペンシルバニア州ピッツバーグ大学大学院人類学部博士課程卒業(文化人類学博士号取得)。2004年よりカナダに移住。
ホームページ:http://www.jafore.org/9/ 
ウエブログ: http://www.jafore.org/blog/ 


「再生」第69号(2008年6月)

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