あの世への散歩道シリーズ

題字:あの世への散歩道

第25回  三途の川の流し賃

                         民俗学者・酒井卯作
                         (題字・イラストも)

 皆さんは気になりませんか。日本のお金の5円玉と50円玉に、なぜ穴があいているのか。私はそれが心配です。中国を中心とする国では穴あき銭が多く、その理由は、穴に紐を通して持ち歩いたためだと言います。

三途の川の流し賃

 でも現代、その必要もないのに、やっぱり穴があいています。なぜでしょう。私の賢い友人は、それは穴をあけて、材料を節約するのだろうと言います。ほんとうかな。心配が高ずるとウツ病になります。そこで私は恥を忍んで日本銀行本店に、その理由を聞きに行きました。聞かざるは一生の恥ですから。

 私の想像では、日本では人が死ぬと三途(さんず)の川の渡し賃といって、死衣装に小銭を縫いつけました。そのとき縫いつけるのに便利はように穴をあけているのだということです。日本銀行は優しいですね。

 死人が三途の川を渡るといいだしたのは、19世紀頃の蔵川(ぞうせん)という僧侶らしく、この人はいろんなことをいいました。三途の川の向こうには死人の着物をはぎとる恐ろしい婆さんがいるとか、この川を渡る女は、初めて契った男に背負われていくのだとか。日本の坊さんもこの人の説をネタにして説教をしているようです。

 三途ならずとも、もともと川は日本人には宗教的な意味をもっていました。例えば東京新宿の淀橋は、戦前まだ橋があって、婚礼には不吉だといってこの橋は渡らなかったものです。三重県の菅島では、墓は必ず橋を渡ったむこうに作りました。つまり川を距てて、あの世とこの世の堺とした名残りが見えます。

 逆に「お橋参り」などといって、生まれた子供の忌明けに、橋に供物をして渡る式をするのは長野県はじめ各地にあります。これは川を境にして、無の世界から人間の世界へ子供の魂を迎えいれる式だったと思います。

 死出の旅路に、初めて契った男に背負われていく話は、平安朝文学の「とりかえばや物語」の中にも見えますが、古くは万葉集(905)にも「若ければ道行き知らじ賂(まい)はせむ、下地の使い負いて通らせ」の一首があります。幼いこの子が死んで、その道行きもわかりません。お礼をします、使いの者に背負うて行って下さいの意味です。あの世への一人旅は子供ならずともこころ細いものです。それにしても、やっぱりお金がいります。

 そうそう。日本銀行の話に戻りましょう。お金に穴があいているのは、他のお金と区別するだけの理由だそうです。なんだか色気ありませんね。



再生 第89号(2013.6)

  島田会長が20年以上続いてきた歴史ある会報『再生』をこの号で終りとし、「そうそう」に改名したのを機会に、連載はこの回で終了した。


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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造  酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。

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