あの世への散歩道シリーズ

題字:あの世への散歩道

第22回  花と自然葬

                         民俗学者・酒井卯作
                         (題字・イラストも)

 絶世の美女、小野小町が「花の色はうつりにけりないたずらに」と詠んだ歌は百人一首でご存じだと思います。しぼんでいく花と、老いていく自分の哀れさを重ね合わせた歌で、落日を背にした人間の切なさを思わせます。

魂 買います

 日本人は、花に思いを寄せることの好きな民族のようで、とくに人が死ぬときなどはそうです。ちなみに長崎県壱岐島では、未婚のまま死んだ男女には「花つみ袋」という三角型の小さい袋を作って、その中に花を詰めて巻に棺に入れました。秋田県下でも花の盛りで死ぬと、「花寄せ」といって、巫女を頼んで祓いをしたものです。

 なぜに花を死者に持たせるのでしょうか。それはこの世に思いを残して死んでいく人のために「流れ勧請」といって、川端を4本の杭を打って布を張り、傍らに柄杓をおき、通る人たちに水をかけてもらいました。そのとき、必ず椿の花か、その葉を添えたそうです。

 ごらんのように、花がなければ死ねない人がおり、また花によって安心して旅立つ人もいる。花はある場合には魔除けであり、ある場合には慰安でもありました。少し気の利いた葬儀屋は、死者の胸元に刃物を置かないで、代わりに一本花を置きます。まさしくこれは道理にかなう仕方です。

 そこで私は考えました。死んだら遺灰を花畑に撒くことです。例えば北海道の原野を手に入れて、一面をラベンダーの花畑にする。今の富良野のように。畑の購入は全国から会員を募ってヘソクリを集める。どうせヘソクリは闇の金だ。墓地埋葬法や農地法をうまく整合して、周囲の住民の了解もとりつける。人手が足りなければ網走の刑務所の受刑者の方に野外作業を手伝ってもらう。さらにラベンダーの花から、「愛の追憶」という香水を作って売りだす。

 どうです。死んで冷たい石の中に眠るより、泳げない海の中や、淋しい山の中に眠るより、花に埋もれて眠るのはロマンチックだと思いませんか。命は終わっても花は咲き続け、人は去っても香りは残る。死後の世界の美しさがここにあります。

 風土は人間を作るといいます。7月の北海道はさわやかでした。そして同地の方々もまた優雅で親切でした。札幌と旭川の会が終わって、有志でさっそく飲み屋に。

 ナニ、19回号の末尾に、もう酒は飲まないと誓ったではないか、ですって。はい、酒は飲みませんでしたが、北海道のビールはうまかったです。

再生 第86号(2012.9)
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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造  酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。

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