会長室より

遺灰を海に山には違法か

運動の出発点となった安田会長の論文


 安田睦彦会長による『遺灰を海に山には違法か』を掲載します。
この論文は1990年9月24日の朝日新聞に掲載されたもので、遺骨や遺灰に対する日本人の考え方を歴史的に振り返るとともに、自然葬をすすめる市民運動のきっかけとなった論文です。

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 都市はいま深刻な墓地不足だ。地価高騰で墓は山へと追い上げられ、環境破壊まで招いている。それでも一区画セット購入だと、三、四百万円はかかりる。単身者や子供のない夫婦は、世話する人がいなければ無縁墓になるから、と寺や霊園から敬遠される。そこまで苦労して墓を造る必要があるのか、遺灰は山か海にまいてほしい、と遺灰をまくのは違法込んだように報道される。 三年前の俳優、石原裕次郎の死に際し、兄の慎太郎代議士が密葬で、「海が好きだった弟の骨を太平洋に戻してやりたい」とあいさつしたが、実らなかった。遺骨を海に流すことはできないと、当局の考え方が伝えられたからだ。これをマスコミが大きく取り上げたこともあって、遺灰をまくのは違法という先入観が定着してしまった。

 本当にそうか。同代議士の言った弟の「骨」は、火葬後の遺骨、遺灰と同義で「墓地、埋葬等に関する法律」(墓埋法)にいう「焼骨」に当たる。同法では焼骨の「埋蔵」は都道府県知事の認めた墓地、「収蔵」は知事の認めた納骨堂以外では許されない、としている。だから埋蔵でも収蔵でもなく、遺灰を「まく」行為は同法の対象にならない。現に、焼骨を家に保存している地方もある。厚生省も「墓埋法は土葬と火葬が半々だった戦後混乱期の昭和二十三年にできた。勝手に土葬して伝染病のいま、遺灰をまくこと自体は同法に触れない」と言っている。

 刑法一九〇条の「死体遺棄罪」との絡みが指摘されることもある。しかし、同条にいう「遺骨」は、土葬を前提とした生の遺骨で、焼骨とは違う。焼骨=遺骨=遺灰を山や海へまくことが同条に触れるなら、遺灰の一部を火葬場に残してくる遺族や、産業廃棄物・ゴミとして遺灰を捨てる火葬場関係者は、それこそ同条違反だ。他に海洋汚染防止法など環境関係法に違反することを心配する声もあるが、高熱処理された遺灰は全く無害だ。海ならまき餌(え)の方が問題だし、山なら樹木の肥料、酸性雨対策になる。「墓埋法も死体遺棄罪も、もともと遺灰をまくという行為を予想しておらず、判例もない。裕次郎の遺灰を太平洋にまいたとしても結局、当局はだまっていただろう。

 沖縄の宮古島で八、九年前、夫人の遺灰を海にまいた医師がいたが、問題にならなかった」と法務省OBは話す。遺灰をまく「散骨」は古代からあった。仏教の影響で火葬が始まると、淳和天皇(平安朝)は「林野にまいて墓をつくるな」と遺言した。万清き山辺にまけば散りぬる」など、散骨をよんだ歌がある中世には親鸞が「加茂川の魚に与えよ」と言い残し、墓も造らなかった。庶民が墓をつくるようになったのは、檀家(だんか)制度が普及した江戸中期からで、それまでは遺体を山や海に捨てていた。明治三十年の伝染病予防法で火葬が広がり、一つの墓に何人も入る家族墓が一般化した。そんな中で自由民権論者の中江兆民は、遺言で遺体を解剖に付し、墓碑も建てなかった。欧米では今も土葬が主流だが、火葬がすすんでいるところでは、遺灰を山や海やバラ園などにまいている。今月死去したライシャワー元駐日米大使に遺灰も,遺言よって太平洋にまかれた。わが国は火葬先進国。墓も必需品ではなかったのに、誤った先入観で自ら葬送の自由を失っているのは残念である。