会長室より   コラム

《気》の不思議 


                            安田 睦彦
                                

 いま世間では、健康ブームだという。ジョギング、ウォーキングの隆盛はもとよりだが、ヨガ、太極拳、気功、真向法、座禅・・・といった民間健康術が広く根を張っている。これら民間健康術のキーワードは《気》である。

 私も少しばかり太極拳を習ったが、大切なのは《気》だ。広い公園などでのびのびと太極拳をしていると、回りの自然の空気のなかに、太極拳をしている私がいつの間にか一つに溶け込んでいくような感じを受ける。自然の《気》と自然の一部である私の『気』が通い合っているのではないか。

 《気》といえば10数年前に東大名誉教授の溝口雄三さんに「私はなぜ自然葬を選んだのか」というテーマで講演をしてもらった。そのとき溝口さんは大東文化大学教授で儒教研究者だったが、注目をひいたのはその内容だ。

 12世紀の中国の儒学者の朱子の「理気論」を引用して溝口さんは言った。「すべての存在の生滅は《気》の集散による。人間も《気》が集まった存在であり、死ねばその気は宇宙に散る。墓があるとそうした自由な《気》をひとところに縛ってしまう。遺骨が粉末となって宇宙を漂う自然葬こそ儒教にふさわしい葬り方ではないか」

 辞書をひいてみると、こんな説明が続く。

き【気】 天地間を満たし、宇宙を構成する基本と考えられるもの。その動き。▽心の動き・状態・働きを包括的に表す語。▽はっきりとは見えなくても、その場を包み、その場に漂うと感ぜられるもの。▽そのもの本来の性質を形作るような要素。

つまりは人間を含めた森羅万象のもとといったところか。

 たしかに《気》は、自由自在に世の中を歩き回っている。「気にする、しない」「気に病む」「気が晴れる」など。単語でも「元気」「景気」「短気」と並べだしたらキリがない。数百もあろうか。

 同じ単語でも「人気」を「にんき」と「ひとけ」と二通りに読む。「にんき」は世間一般の受け、評判だ。「ひとけ」は空き家に入ると「ひとけ」が感じられないといった具合。

 唐初の太宗に仕えた高官で、剛直で知られた魏徴の漢詩の一節に「人生意気に感ず 功名だれかまた論ぜん」という有名な句がある。

《気》は漢詩でも大活躍だが、中国では、昔から、《気》が宇宙の根源にあって陰陽にわかれ、そのバランスで世界が成り立っていると考えられていた。

《気》という不思議な存在は、自然環境の危機にあって、これからもっと研究されてよいのではないか。「気は心」という。自然を守るキーワードになりそうな《気》がする。
(2009.10)

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