“原爆の英雄”米軍人墓地を拒む
葬式せず、遺灰を大西洋へと遺言
安田 睦彦
米国で“原爆の英雄”と称されたB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長をつとめたポール・ティベッツさんが亡くなったと、昨年11月10日付朝日新聞で報じられていました。
それによると、彼は第2次大戦中、欧州戦線での操縦手腕をアイゼンハウワー将軍に絶賛されたのがきっかけで、広島原爆投下の機長を30歳で命じられた。生粋のアメリカ軍人であった。
そのポール・ティベッツさんが、名誉軍人を葬る首都郊外のアーリントン国立墓地への埋葬を拒み、葬式もせず、静かに火葬して遺灰を大西洋にまいてほしいと遺言したという。
彼は、原爆投下のあとの人生を、複雑な心境で送ってきたのではないか、と考えさせられた。
ティベッツさんは、原爆投下以後、長らく自分からはそれについて語ろうとしなかった。活発に語りはじめたのは、原爆50年を迎えた95年、80歳のときか ら。ワシントンの国立スミソニアン航空宇宙博物館で「エノラ・ゲイ」の展示方法をめぐり論争が起き、原爆投下の正当性を訴える退役軍人団体の代表としてか つぎ出されてからだ。
ティベッツさんは「原爆投下を後悔していないか」との質問に、いつもこう答えていた。「多く人々を殺し たことを誇りには思わないが、後悔もしていない。戦争終結を促し、奪った人命より多くの人命を救ったことを確信している。あの兵器を所有しながら使わず に、日本本土上陸作戦で100万人の人間を死なせていたら、道徳的な過ちをおかすことになっていただろう」と(95年米国のTV)。
しかし、こうも語っていた。「私は広島や長崎の人々を相手に戦っていたのではない。我々を攻撃した日本という国と戦っていたのだ」(95年、朝日新聞)。 日中戦争のとき、周恩来・中国首相が「敵は日本の戦争指導者で一般の人たちでではない」と語った言葉に重なるものがある。
ティベッツさんは、こんな言葉も残している。「戦争に道徳なんてない。国家紛争の解決の手段としての戦争をなくす道をさがすべきだ」(03年米国紙)。
彼の故郷、オハイオ州コロンバスの地元紙で、長年の友人だった記者が「ティベッツ氏は父親の期待を裏切り軍人になったことが終世ひびいていたのではないか」と書いた。
医師になることを望んだ厳格な父親に背いて陸軍航空隊にはいったとき、母親だけが励ましてくれたという。原爆投下機に母の名をつけたのもそんな思い出からだ。父は戦後も息子と和解できないまま、がんを患い、自殺した。
国立軍人墓地に葬られるのを拒み、大西洋での自然葬を望んだ原爆投下の英雄は、最後にあたって心になにを思ったか。
彼も時代の激流に翻弄された悲劇の人だったかもしれない。
(2008.1)
