墓は心のなかに
安田 睦彦
自然葬で母親を相模灘に還した長女の方からこんなお手紙をいただいた。
「母の遺品を整理していたら『お墓がないと死ねませんか』というタイトルの安田会長が書かれた岩波ブックレットが出てきました。会長のサインと“墓は心のなかに”という添え書きがありました。世間体が悪いと自然葬に反対していた私に、“墓は残された者の心の中に建てればいいのよ”というのが私を説得するときの母のきめゼリフでした。
いま海をみるたびに、母のことを思い出しています。墓などつくらなくてよかった。転勤族の夫について回る私は、母の言葉を改めてかみしめています。
炎天に溶かすが如く 母の骨
海に沈めて 小波(さざなみ)もなし
母にとってあの青い海に勝る墓はないでしょう。」
講演会で私の本を売っていることが多い。なかにはサインを求めてくる方もいる。そのときに必ず書いたのが「墓は心のなかに」という言葉だ。
これは私の造語だが、ヒントになったのは中国近代文学の父、魯迅の言葉である。
81年も前、日本が中国への野心をむき出しにしたころの1926年3月18日、時の段祺瑞(だんきずい)政権は、天安門広場に近い国務院の門前で、日本に対する自主独立外交をせよ、と請願に来た男女学生たちの非暴力デモに発砲、数百人の死傷者を出した。その際、教え子の北京女子師範大生を失った魯迅が、その死を悼んで書いた文章の一部にこんな言葉を残した。
「死者が生者の心に埋められないとき、死者はほんとうに死んでしまったのだ」(竹内好訳『魯迅作品集三』)
私は魯迅の言葉を「墓は心のなかに」と意訳して造語したのだ。本会の運動も17年の時を刻んできた。この言葉を使う一般の方もふえている。葬送意識が大きく変化してきたのを体で感じている。
このほかに魯迅には有名な言葉がある。 「もともと地上には道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ」
自然葬もいま「道」になった。歩く人がさらに多くなればもっと大きな道になるだろう。
(2007.10)

