「葬送基本法」制定に向けて


 以下は、葬送研究会での安田会長の報告。研究会は葬送新時代に見合った法制も視野に研究しようと、2006年につくられた。会の顧問や戸波江二・早稲田大学大学院教授ら研究者が参加した。。


国は葬送の自由と自然葬を推進せよ
          ――葬送研究会での報告をもとに

  • 役所は“取締まり”がお好き
  • 墓地造成の自然破壊を黙認
  • 自然葬を都市の生活空間に
  • 墓埋法の「埋蔵」解釈に無理
  • ルールづくりと法規制は別
  • 自然葬は社会福祉の一環

                   2006年7月末  本会会長 安田睦彦

 葬送の自由をすすめる会の運動16年のなかで感じた問題点を限りある紙数のなかで重点的にまとめてみた。

 これは、「矛盾に満ちた葬送および葬送法制の現状について批判的に研究し、新しい時代の葬送のあり方を市民の立場から考察し、提言することを目的に」本会を中心に内外の各界専門家も参加して今春スタートした「葬送研究会」(座長・戸波江二早稲田大学大学院教授=憲法学)から討議材料として報告するよう求められたものである。

 紙幅の都合や、会員の関心などを考慮して原文を多少手直ししている。

(1)国は「葬送の自由」と「自然葬」を推進せよ

 北海道長沼町の散骨禁止条例の施行を前に、町はもとより道庁も厚労省の見解をただしており、その指導があったことは見逃せない。

 本来は厚労省が町側に適切な助言、勧告をし、散骨をめぐって対立する両者を対話と調整で解決させるべきで、憲法違反の条例をストップさせるのが筋だった。

 厚労省の考え方の原型は、1998年6月に厚生省生活衛生局長の諮問機関「これからの墓地等のあり方を考える懇談会」が出した報告書にある。

<報告書の要旨>

 散骨希望者がふえているが、不適切な方法で行うことによるトラブルが発生しないよう、散骨を行う自由を前提にした上で、必要な規制を行うことが適当である。国が散骨の定義、散骨が許容される区域等を定める基準、行為規則の態様、制裁の程度など、条例の準則を示す必要がある。それに沿って地方自治体が地域に則して条例化するよう求める。

 懇談会の座長や厚生省の担当者は「懇談会は今後の墓地のあり方を全般的に扱った」というが、報告書の内容を読むと自然葬の法規制が実質的に大きなウエイトをしめている。

 「報告書」には3つの大きな問題がある。

a)「散骨」の自由は空から降ってきたか。

 私たちは徳川幕府による檀家制度、とくに天皇制家族国家をめざした明治政府によって「祖先祭祀」が奨励され、死者は家の墓に祀るという定式を押しつけられた。葬送が国家管理のもとで画一化されてきた苦い体験への反省がまったくみられない。初めから散骨の自由が認められていたかのような記述ぶりである。

 従って苦い体験の反省と、自然葬を違法としてきたそれまでの法解釈を打破、葬送の自由という基本的権利を得るために非営利ボランティアの市民運動をすすめてきた本会の実績に目をつぶっている。

 ついでにいえば、史的文書となった1988年の東京都霊園問題調査会の報告書が「墓地や霊園に埋葬するのではなく、遺骨を灰にして海や山にまくという慰霊方法は現行法のもとでは禁じられており、現段階では不可能である」と断定した。

 このときの調査委員で、10年後の厚生省懇談会の委員でもあった方たちは、“散骨不可能”と“散骨自由”との間をどうクリアーされたのか、きいたことがない。

b)役所は法規制、取締りがお好き

 過去の誤りを反省していないから、散骨の自由をいった口の下から法規制、取締りの大合唱が始まる。

 先例は明治の初めにある。

 1872年(明治5年)に自葬(神官、僧侶に依頼しない葬儀)を禁止した明治政府は、1884年(明治17年)に「信仰の自由」を求める内外の圧力によって、自葬禁止を撤回せざるを得なかった。

 江戸時代に成立した檀家制度は、キリシタン迫害が当初の目的であった。明治政府が初期に自葬を禁止したのはこの檀家制度を利用したものである。

 自葬禁止撤回の際の明治政府内務卿の口達は、自葬を解禁したのと引きかえに「葬儀は喪主の信仰するところにまかせるが、墓地の取締り及び葬儀を執行する場所の如きは、その取締規則によって適当の警察を施すべし」と、警察という文字を使って取締規則の制定を求めている。同年の「墓地及埋葬取締規則(いまの墓埋法の前身)」がそれで、墓地以外に遺体・遺骨を埋葬するのを禁じた。明治期までは全国的に多様な葬法が残っていたが、国家的取締りのなかで、次第に消え去った。現在、自然葬への感情的反発のもとになっている観念はこうした国家的“洗脳”の結果生まれたものも多い。

 明治政府口達の口ぶりは懇談会の報告書が、葬送の自由と自然葬をしぶしぶ認めながらも法規制の網をかけようという論法と変わらない。

 こうした点についての反省があれば、自然葬・散骨規制の方向ではなく、新しい時代の要請にこたえて、国は葬送の自由と自然葬を推進することになったであろう。

c)墓地造成の自然破壊を黙認

 東京都の郊外、八王子市の丘陵地に広がる墓地群はまさに“壮観”、墓地また墓地の連続で、山林は虫くい状態の惨状を呈している。

 都営八王子霊園に至るバス道路の両側は、墓石屋が軒を並べる。墓石屋が寺と組んで宗教法人の衣をかぶって霊園を経営している。全国の墓園開発のモデルといってよい。

 首都圏などでは霊園開発をめぐって汚職、詐欺事件などが続発している。

 こうした墓地に眠るのはいやだと、相模灘に夫とともに還ったのが沢村貞子さんである。

 報告書には墓地造成による自然破壊の問題が全く取り上げられていない。厚労省はみてみぬフリをしてきた。官業癒着を指摘する声もある。

 いま全国の寺院などで広がっている樹木葬墓地も山持ちが手がける植樹葬散骨公園も、山林を4平方メートルほどの細切れにして墓地の区画なみに数十万円の永代権利料で売っている。将来、山の自然破壊につながる恐れもある。

 国は墓地造成の自然破壊はもとより、山、海、川への不法投棄対策などもっと大きな自然環境保護に力を入れるべきだ。さらに、国有林などを「再生の森」として積極的に活用する道をさぐってほしい。

 民俗学の巨人、柳田国男は、戦前すでにこんな警鐘を発していた。「いまのまま墓をつくり続けていたら日本中が墓だらけになってしまう。為政者は大いに心すべきだ」と。

 生者が享受すべき自然を死者がくいつぶすことへの反省は、いま世界的な関心を呼んでいる。

(2)墓埋法の「埋蔵」解釈のムリ

  1.  厚労省は「砂や木の葉が地表にまいた遺灰の上にかぶさっても埋蔵に当たる」とメディアに説明している。

     もともと焼骨の「埋蔵」は、厚労省が「埋葬」の定義を拡大解釈したものである。埋葬は土中に葬ることをいう。これを土を掘って、土をかける、という意味にとって「焼骨の埋蔵」にまで拡大解釈している。それをさらに、地表にまいた遺灰に砂をかけても「埋蔵」に当たると、もう一段と拡大解釈している。

     本来、墓埋法は、第5条12項で「埋葬」について行政の許可を得て行うことと定めているが、「埋蔵」についてはそのような規定はない。「埋蔵」の場所として「墳墓」としているだけだ(墓埋法第2条4、5項)。

     本来、自然葬は墓埋法の対象外だから同法には規制されない。しかし、本会は無用なトラブルを避けるため「再生の森」での散灰に当たっては、まいた灰の上に土をかけないようこれまで指導してきた。

     墓埋法の条文からは散骨は「穴を掘ろうが、土をかぶせようが墳墓以外に行うことは自由」となるのではないか。

    厚労省の埋蔵解釈を前提としたシナリオの葬送番組をつくって放映したために、NHKは本会に陳謝せざるを得なくなった。

  2.  厚労省は樹木葬墓地という。なぜ「墓地」か。「焼骨」の「埋蔵」は「墓地」としての「墳墓」という施設に収める行為だということは先にもふれた。その点からは「墓地」といえない。現に「墓地」をもつ全国の寺院はそれを利用して植林葬だ、植樹葬だと類似の名称で“樹木葬墓地”のビジネス化をはかっている。なかには業者と組んで「日本消費者協会」後援などと騙ってビラを配る、詐欺商法まで出てきた。

  3.  自然葬を都市の生活空間に。樹木葬“墓地”の厚労省解釈を改めれば、こまかいことは別として遺灰を自然に還す樹木葬は自然葬のひとつとみてよい。

     本会はこれまで散骨方式で“樹木葬”、果樹園葬(リンゴ園、アンズ畑)、ハーブ葬などをしてきた。遺灰をまいて土をかけても「埋蔵」に当たらないとすれば、バラ園葬、チューリップ公園葬、レンゲ畑葬などと広がることだろう。自然葬が都市の生活空間に根を張るきっかけになればよい。

     明治期になって墓に閉じ込められ、自然に還す多様な葬法が消えていった。並行して「死」(自然)が生活空間から排除され、都市化とともに「死」がみえなくなった。死を意識することで生は輝く。生と死が共存する都市空間をよみがえらせることで人間復興の道が開けると考えている。

(3)墓地葬と自然葬

 自然葬・散骨を新しい墓地形態の一種という人もいる(ある宗教学者・「報告書」)。しかし、墓地に入れる「墓地葬」と、自然に還元する「自然葬」とは、次元の違う葬送形態であり、厚労省も墓埋法の対象外とするゆえんだ。

 自然葬という言葉を狭義と広義にわけて考えたい。狭義では、焼骨を粉末化して海、山にまくという点では散骨と同義である。ただ非営利の市民運動として自然葬を造語した本会は、散骨ビジネス(自然葬を名乗る業者も)のなかに自然環境を破壊する墓地造成をしている業者もいることに違和感をもっている。

 いま日本で出版されている著名な数種の辞典には「自然葬」が見出し語になっている。ほとんどは自然葬と散骨を同義語として扱っているが「広辞苑」(1998年、第5版)は「風葬、散骨など死者の遺骨が自然に回帰するような葬り方」としている。これが広義の自然葬である。風葬、鳥葬、水葬、火葬、土葬、冷凍葬など自然に回帰するような葬り方全般を指して自然葬である。

(4)ルールづくりと法規制は別

 自然葬、散骨への感情的反発があるのは避けられない。これに対して科学的根拠がないとか、いっても始まらない。トラブル解決のために多様な価値観、宗教感情の尊重を基盤に話合い、対話を重ね、節度あるルールづくりをすることが大切だ。

 本会では、運動のスタート以来、自然葬に反発する人たちへの対応として、海に、山にそれぞれ自主的に一定のルールをつくって自然葬をしてきた。

 たとえば海では、

  1. 遺灰の粉末化
  2. 海岸ではなく沖で
  3. 養魚場、養殖場を避ける
  4. 水溶性の紙に遺灰を包む
  5. セロハンでまいた花束ではなく、花びらだけにする―
   など。

 山(再生の森)では、

  1. 遺灰の粉末化徹底
  2. できるだけ自然を生かして山全体を使う
  3. 人家、施設からはなれ、人目にふれない
  4. 飲み水の取水源を避ける
  5. 庭の場合は隣家との話合い―
   など。

 散骨ビジネスの業者も本会のルールをほぼ踏襲している。

 こうした自主ルールだけでは問題が残る場合、地元の特殊性に応じたルールづくりを話合えばよい。

 ルールが必要だということと法規制が必要だということは直接には結びつかない。

 人の自由を法律で束縛できる3つの条件。

  1. 自由を規制しないことによって危険が明白でかつ実際に社会的に生じることが予測される。
  2. 必要最小限の規制である。
  3. 規制と手段と目的との合理的関係性があること。

 その意味で、条例(散骨禁止)は法的規制の一種で、違反には強制力が伴う。

(5)自然葬は社会福祉政策の一環

 ある高齢の女性が、墓を建て戒名をもらうために食費も切りつめてカネをためていた。墓と戒名がないと無事にあの世にいけないと考えていたからだ。

 自然葬を知ってからは“ツキ”が落ちたように余生を楽しく暮らそうとしている。自然葬の普及をはかることは、社会福祉政策の一環ともいえる。

 本会は生活保護家庭の会員を無償で特別合同葬にしているが、貧しい人たちが意外に古い観念にしばられているのに驚く。役所の世話になることをいやがる人が珍しくない。身寄りのない孤独老人で葬祭の始末とその費用をどうするか、悩んでいる人が多い。行路病死などの場合、管轄の市町村が面倒をみる。1人当たり15~20万円の葬祭費を出している。自然葬を望む孤独老人の死に際しても、遺産などない場合は、市町村で葬祭費を出すべきである。国の社会福祉対策として国民に自然葬への理解と普及をはかる必要がある。

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