アメリカでの日本文化研究の現状
アメリカでの多彩な日本文化研究“墓の革命”もテーマに
マーク・ロウ
去年の12月にアメリカの西海岸、アザラシが遊んでいるモンテレー湾というきれいな所に誘われて、日本の研究について15人の学者と一緒に4日間の研究会に参加した。研究会を主催したのは「米国社会科学研究評議会」(Social Science Research Council : SSRC)という非営利、非政府の組織である。SSRCは学識の質の世界的規模での学術的な向上を目的としている。それぞれの研究の中からいくつかを紹介してみたい。
■ 日本人とカナダの大自然
カリフォルニア州立大学からのある参加者の研究は、現代人と自然の多様な関わりについて、旅行という切り口から考えるものだ。観光文化が多様化する中で近年、大自然を楽しむ旅が注目されている。バンフ国立公園を中心とするカナディアン・ロッキーも、大自然を楽しむ場所として日本人旅行者の間では人気を保っている。
日本からの旅行者にとってカナディアン・ロッキーの魅力とは何だろうか? また実際の旅ではどんな体験がなされるのだろうか? 現地で知り合った人々、風景、動植物などの風物とどんな形で触れ合うのだろうか? その体験は一人ひとりの日常生活や自然観とどのように関連しているのだろうか?
日本人旅行者の体験はまた、バンフの町を中心にカナダの地元の人々の生活にも大きく影響する。カナディアン・ロッキーにはカナダ国内各地、および世界中から自然を楽しみに多くの人が集まってくる。さまざまな自然観、社会文化的背景を持った人々が行きかう中で、カナディアン・ロッキーという場所がどのようにして形作られていくのだろうか?
日本人旅行者のカナディアン・ロッキーでの体験は、「国際化」「地球規模」といった言葉で形容される現代人を取り巻く環境の中での「自然」の意義を考える事例として、重要な手がかりになる。
■ 岩手の自然と宮沢賢治
「自然」という研究対象を扱った発表はもう1つあった。それは岩手県の自然についてである。ミシガン大学の研究者の発表は、宮沢賢治(明治29年~昭和8年)の童話の中で、20世紀日本の地方における自然と文化との“会話”がどのように行われてきたのかを中心に考察しようとするものである。
そして、宮沢の出身地である岩手に代表される地方に焦点を合わせながら、言語と風景の複雑な関係、なおかつ地方のアイデンティティーの構造や変容の仕方の分析にも、今後取り組みたいと考えている。この研究は、英語による研究としては、宮沢の童話をこのような地域的な観点から包括的に考察する、おそらく初めての試みになると思う。
ところで、彼が発表したときに私が一番驚いたことは、岩手県に「けんじワールド」という温泉やプールのパラダイスのような場所があるということだった。やはり、宮沢賢治の与えたさまざまな影響を考えるときには、文学的なアプローチだけでは見落とすものがあると感じた。
■ 過労死のアンチテーゼとしての隠居
カリフォルニア大学サンディエゴ校社会学部の博士課程の大学院生は過労死を研究している。昨年1年間日本に滞在し、遺族、弁護士、労働者の方たちなど、多くの人々の話を聞き、また反過労死運動に参加する機会をも得た。彼女にとって、過労やストレスなど職場と健康の問題がいかに日本の社会を反映しているかを実感した1年であった。アメリカでもワーカーホリックも増えつつあるが、「仕事に取り付かれる日本人」のイメージもまだまだ健在のようだ。働きすぎに要注意!
さて、働きすぎというテーマとは反対に、シカゴ大学からの参加者は、徳川時代から現代まで、「隠居」という観念・習慣を研究している。文学的な方法で徳川時代の「隠居制度」、穂積陳重(ほづみ・のぶしげ)の『隠居論』(1890)、明治時代の民法、1920年代の「白樺派」(明治末から大正にかけての文学の1派)のメンバーが若いころに「隠居」したこと、1970年代の「隠居ブーム」という代表的なものを考察しながら、隠居の観念をたどる研究である。
■ 学問でもサムライブーム
映画『ラストサムライ』が今話題になっているが、それはアカデミー賞だけでなく、学問の世界にも影響を与えている。今回の研究会では、侍関係の研究が2つあった。1つはイェール大学の研究者が文学的な方法で「敵討ちと武士道」を平出浩二郎の『敵討』(1909)、1634年の伊賀越の敵討ち、井原西鶴の『武道伝来紀』(1687)と亀山の敵討ち等々の敵討ちの事件と書物を検討している。敵討ちについて文献、グラフィックアート、17世紀から18世紀にかけての分析も行い、それが盛んになった理由を考察する研究である。
もう1つはハーヴァード大学の歴史学者の研究で、徳川時代を通じて福岡藩の長崎警備役を分析しながら、その海防責任が黒田家(福岡藩)の藩政・藩士の政治的な意識にどのような影響を及ぼしたかについて、軍事的な面から説明している。また、その特定の海防軍役を、幕藩の政治・軍事関係の発展を考察する一種のレンズとして、徳川家光政権から明治初期にかけて黒田藩の長崎警衛に対する政策と藩士のアイデンティティーを検討する。
今までよく研究された(ヨーロッパかヨーロッパ植民地発の)南蛮船に対する海防反応・軍事政策の改革を、この研究では福岡藩の新しい地方的な視点から探るとともに、唐船とオランダ船に対する長崎警備活動が、黒田家臣団の政治的なアイデンティティーに与える影響力を考察している。
■ 墓の革命と葬送の自由
最後に私は、現代のいわゆる“墓の革命”、具体的には永代供養墓、自然葬・散骨、樹木葬、土葬などについて、宗教人類学の立場から考察したいと思う。今までの墓と葬儀の研究は、人類学的な方法にもとづいており、寺院や檀家制度といった仏教界への影響をほとんど視野に入れてこなかったと思っている。
そこで歴史学・人類学・社会学・経済学・宗教学的な視点から、現代の「葬送の自由」が寺と檀家制度にどのような影響を及ぼすかについて明らかにしたいのである。その上、今までの墓と葬儀の研究のほとんどは、墓と葬儀の変化を社会の変化の反映としてのみ扱っている。それに対して私は、墓の革命には慣習や伝統など、社会的規範を批判する契機が内包されていると予想している。
それぞれの研究をみると、ひとつの方向が取りにくいが、最近の日本研究は分野を問わず、多様な方法を使っているそうだ。たとえば、文学的な研究でも人類学的方法を取り入れたり、宗教研究であっても社会の状況と経済的な要素も考察したり、政治学でも文化の影響を認めてきた。「複雑さを抱く研究」への傾向は非常にいいことだと思う。人間の人生もそうなんだから・・・。
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Mark Rowe カナダ生まれ。35歳。
米プリンストン大学院で宗教学を専攻中。1994~2000年に京大に留学。2003年から東大大学院研究生。葬送の自由をすすめる会の活動に強い関心を持ち、2002年4月には米国で開かれた「仏教文化における死生観」会議で本会の市民運動について研究発表した。この原稿はアメリカの日本学の最先端を紹介するために寄稿してもらったもので、日本語で執筆されている。
(2004.3)

