随筆など

墓は遺体の自然解体装置

火葬なら本来無用のもの――戦場に暮らして考えたこと

                         高橋 淳雄(関西支部世話人)

 スポーツ報道に戦争用語がよく使われるので、戦争をスポーツと同じようなものであると思っている人が多いようですが、戦争は運動競技ではありません。戦争は人殺しであります。その人殺し現場が戦場です。戦場で暮らして、それ以前には考えなかったさまざまのことを考えました。そういうことについて、少しお話ししたいと思います。

毎日続く埋葬

 

 57年あまり前のことです。戦友たちが次々と死んで、昨日は2人、今日も2人と毎日毎日埋葬しながら、この人達の墓はどうなるのだろうかと毎日悩んだ末に、どうにもならないとあきらめて、あらためて、墓というものは本来どういうものなのかと考え込みました。哲学もなしに、宗教も関係なしに、その時思ったままを話します。

 まず初めに死亡の確認はどうするか。医者はいません。医者が死亡診断書を書くのが普通ですが、人が死んだことを認めるのに資格が要る訳がありません。死んだ人、いや死んだように見えるこの人に、今すぐ会うことのできる彼の回りのすべての人たちが、「彼は死んだ」と認めた時、それで死亡を確認することで間違いありません。

 昨日死んだこの人の葬送をすることは、今日生き残っているわれわれの義務であります。戦場の混乱の中で、火葬はできません。墓標を作ることもできません。先ずこの遺体を今日どうするかと言うことが、大事なことであります。魂の抜け出たあとの遺体は化学分解を始めます。最終的に諸元素に還元するまでの長い間、適切な装置の中に置いてあげなければなりません。この処置が埋葬であります。化学分解の継続期間中は埋葬のままで触らないでそっとしておく必要があります。埋葬は遺体全体の最終的な処置であります。遺体の処置はどうしてもやらねばならない大事な作業でありました。

魂が「なくなり」遺体に

 次々と誰かが死んでいって、一番最後になった人はどうなりますか。そこまで行くより前に、自分の順番がやって来るでしょう。そうなるとこの人達の墓もさることながら、自分の墓もどうなるかと考えます。葬送を毎日やっているうちに、確かに自分にも迫ってくる死について考えるようになってきます。

 そこで重要な問題に入ります。死ぬとはどういうことか。人が死ぬことを「なくなる」と言います。何がなくなるのか。死んだ人の体はそこにあります。体はあって魂が消えることであります。では魂の正体は何でしょうか。魂という物体はありません。魂は物質でもありません。これは現象であります。生物的現象であります。もう少し具体的にいうと、精神活動というエネルギーそのものが魂であります。死とは、そのエネルギーの消滅することであって、そのことが魂の抜け出ることであり、この時、体は遺体に変わります。

 遺体はすぐに化学分解を起こして、やがて、炭素、窒素、酸素、水素、その他の元素に還元して、各方面に離散してしまいます。そしてどこか別の遠い所で、将来また再び合成されて別の生命になる筈であります。

 遺体を火葬する場合は、遺体を構成する元素は、火葬場の煙突の煙とともにすべてすぐに遠くに去ってしまって、解体される筈の遺体は、既に完全解体済みになっていて、そこには影も形もありません。しかし、遺体を火葬しない場合には、遺体の化学分解が進行している期間中は、その遺体を保管する場所が必要になります。これが墓であります。保管と同時に、墓は遺体を自然解体するための特別の装置になります。これが墓は本来どう言うものであるかと考えた結論であります。もし既に火葬によって遺体が解体済みの場合には、当然に墓は無用であります。

残った生死不明者

 終戦の1年後、昭和21年8月に日本に帰国しましたが、すぐに復員局から呼び出しがあり、横須賀で自分の部隊の残務整理をやることになりました。残務整理とは、戦没者の報告を提出することと、生存者の名簿をつくることです。海軍でしたから、第2復員局、横須賀、舞鶴、呉、佐世保の各地方復員局に戦没者報告を提出しました。戦没の場所、戦没の日付、戦没時の状況を1人1人、各個人ごとに記載します。総員250名のうち170名の戦没者報告を提出しましたが、それでも生死不明者が残りました。生死不明者の分については、残務整理を終了するときに「未処理事項の件報告」として艦隊司令部の残務整理班に処置を依頼しました。戦争はこういう生死不明の結果を残すことになります。

 戦争のない平和な世の中でも、人は自然に死んでいきます。権力者は権力を誇りたいために、いらない墓をつくりたいかも知れません。そうして墓はふえます。しかし、墓地という無用のものは廃止して、生存者のために有効利用するべきでしょう。私はそう思います。

 本来、墓は、死んだ人の遺体を保管して自然に解体するための装置であります。今もこれは間違いないと思っています。戦地で考えたことで一番重要なことだけ話ました。

(平成14年10月19日の葬送の自由をすすめる会関西支部講演会での講演を再構成)

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たかはし・ただお 1919年、京都生まれ。
京都大学で地球物理を学ぶ。旧海軍から鹿児島大学水産学部教授などを経て、同大名誉教授このページは会員誌「再生」の記事のうち、会員以外の方々にも参考になると思えるものと、本会の主催した講演会やシンポジウムなどの記録やレポートを掲載しています。    


(2002.12)

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