(上) 無常の風
民俗学者・酒井卯作
(題字・挿絵も)
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仏教では「生死は凡夫の流転なり」といいます。生死にこだわっていたのでは涅槃の道は遠い。それなのに、今の日本の仏教の大方は、その教えに背を向けて、ひたすら死の世界を牛耳っているように見えます。ちなみに葬式仏教といわれる以前の弔いの仕方には、例えば泣き女が泣きながら悔やみを語って送ったような、私たち自身の手による弔いの仕方もありました。
ここでは、その死にまつわる風習の一端をとりあげてみます。
無常の風
休み休み、やわらかく吹いてくる
感冒のことを風邪と書き、それをカゼと読みます。古くはカザといったもので、今では言葉の頭にきたときだけカザといいます。そのカゼを、なぜに風邪と書くか問題です。中世の記録、「栄花物語」などには「風氣並物恠」とか「風に遇ふ」などの表現があって、これは風が運んでくる邪悪な霊魂に出会うことと考えていました。例えば藤原頼通が病気になったとき、薬を与えてもなおらないので、「御風などにや」ということになって、傍らのウブな女性にモノノケを移したら平癒したという記事があります。モノノケ、つまり悪霊を移された女こそ迷惑な話ですが、当時はこんなことは頻繁にありました。モノノケどころか、死の喪を引きうけてくれる人もいたくらいです。
「風に会った」ときの不吉な影
つまり、風邪は感冒に限らないこと、したがって風邪は「引く」とはいわないで、「会う」という表現が正しいということになりそうです。鹿児島県大隅半島の高免では、山道などで、ゾーッとして悪寒が走るようなとき「風に会った」といいます。こんなときによく見ると、前方に山坊主が座っているのがわかるそうです。こうしてみると、風に会ったという言葉の向こうには、常に妖怪じみた不吉な影を見ることができます。
この不吉な風というのは、いいかえれば無常の風です。無常はたぶん仏教用語だと思います。平安朝の頃は無常観が広がっていましたが、無常が庶民の間で共感を呼んだのは、私の知識ではたぶん江戸初期頃からだと考えます。それは近松門左衛門の浄瑠璃「長町女切腹」の中で「今夜は所在の無常の風」と語ったあたりに発端を求めることができるようです。なにしろ当時は身分制の強い時代で、心中(江戸では相対死といいます)事件が多かった。近松の無常をかこった心中物語がうけた背景には、こうした事情があったからでしょう。
では、その無常の風とは具体的にどんな風でしょう。所在の風ですから、そんな強い風ではありません。和歌山県田辺地方の例を見てみます。ここで無常の風というのは、休み休み、そしてときどき吹いてくる風で、吹き出したら何日も吹く。人が死ぬのはこんなときだそうです。熊本県宇土町では、これを、そのものずばり幽霊風といいます。この風に会うと命をとられるといって、幼児の髪の後ろの毛は刈らないで少し残しておきます。これは幽霊風に出会っても、神様が髪をつかんで助けてくれるからだといいます。
精霊風はあの世へ連れて行く
いずれにせよ、休み休み吹く異常な風は、どことなく不吉を思わせるもので、長崎県の五島列島では盆の16日に吹く風を精霊風と呼んでいます。もし、この日に精霊風に当たると、仏と一緒にあの世につれて行かれるといって、墓ばかりか、墓に行く道にも出ませんでした。
幽霊風に似たもので、いちばん恐れられている風は、おそらくミサキ風でしょう。これは近畿地方から九州にかけていう言葉で、ミサキとは不幸な死にかたをした人の霊魂のことです。
山口県の萩市などでは脳溢血などで急死すると、ミサキ風に当たったといい、山で死んだり、海で遭難したりした人はヤマミサキになるといって恐れたものです。また岡山県上房郡有漢町では、変死者の墓は、ミサキがとりついているといい、このミサキはまた、次の変死者を求めるそうです。
日本では風に乗ってくる神もあります。逆に、人の心を脅えさせる不吉な囁きを乗せてくる風もあります。むしろ後者の方が多いでしょう。海が青く、山は深く、夜の闇が濃かった時代、そこから吹いてくる風に耳を澄ませて、神霊の声を聞こうとした感受性の強い日本人にとって、風は霊魂の使者でもありました。
不幸を予感させる無常の風は、やわらかで所在のない風ですが、反対に魂を萎えさせるような冷たい強い風もあります。東北地方の日本海側で、晩秋の頃に吹く西北の風がそれです。これをタマ風といい、山形県では「タマ風6時間」といって、この風が吹きはじめると6時間は止まない。船が遭難するのはこんなときです。タマ風は魂の風のことで、滑川市では以前、貝とりに出た船のひとがこの風のために遭難死したことがあって、その祟りに吹くのがこの魂風だと伝えています。
しかしこの魂風の歴史は古いのです。鎌倉時代の記録「吾妻鏡」によれば、治承4年「一日丙申、酉の剋、乾の方に響きを成す。これも魂打ちか」とあります。雷の音とは違うといいますから、異様な音だったのでしょう。いいかえれば、これも魂風です。もともと乾(いぬい)は北西の方向で、陰陽道では鬼門に当たります。佐渡の月布施でいうタマセというのもその一つらしく、死人があると、その前夜あたりにタマセが来て、寺の鐘を鳴らすそうです。
往々にして不幸の前触れ役
風は往々にして不幸の前触れの役を果たします。奄美大島の北にある喜界島の話を、竹内譲氏は次のように伝えています。
真夜中に目を覚ますと、「上ぞう」という声が聞こえ、ガジュマルの木の枝を鳴らして風が通って行った。聞き耳を立てていると、表庭でホーッと安堵の溜息らしい声が聞こえて、あとはもとの静けさに戻った。これは死ぬべき運命の人の助かった様子らしかった。またあるときは、家の上の方から若い娘のすすり泣く声がして、どこかにつれ去られるような気配がした。
それからしばらくしたら、近くの若い娘が病死したといいます。
無常の風に代表される風は、自然が人間に語りかける不幸の前触れでもあります。喜界島に似た話は、山形県の離島、飛島の民俗を描いた「羽後飛島図誌」の中にもあります。
かつて村長も努めたことのある某さんの家は、墓に通じる道端にありました。夜になると、その道を人の通る気配がして、耳を澄ませると、太い溜息をついて行く人がいる。あるときは鼻歌まじりで行く人もいる。またあるときはシクシク泣きながら行く人もいたそうです。そんな声を聞くと、何日か後には、決まってそれらしい人が死ぬといいます。さてさて皆さんは、いつかは行く冥土に、鼻歌まじりで行くか、太い溜息をついて行くか、それとも……。
再生 第60号(2006.3)
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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造 酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。
再生 第60号(2006.3)


