第2回・第3回 ダイナミックな宇宙像が明らかに(要旨)
宇宙はダイナミックに膨脹していた。その結論に達する天文学の歩みもまたスリリングであった。小尾信彌さんの連続講話「宇宙と人間」の第2回は2008年11月15日、第3回は12月13日に、いずれも東京・神楽坂の研究社英語センターで開かれた。聴衆は新しい宇宙観によって、「自分は一体どこに居るのか」と自問することになった。
(まとめ=本会理事・松井覚進)
■星の最後、収縮と爆発
銀河系にある2000億個の星のなかで、太陽系外で地球から1番近い北天の星シリウス(8.7光年)は、明るく輝いているシリウスAと伴星のBからなっている。Bの直径はA(太陽より少し大きい)の100分の1ぐらいなのに、密度は1立方センチが1トンから10トンという超高密度の星(白色矮星という)で、すでに原子燃料を使い尽くした星の死骸のような天体である。
質量が太陽の10倍もある星は、進化の最後の段階で爆発によって飛び散った(超新星爆発)あとに残された星の芯が1立方センチ1億トンもある。自分の重さでさらにつぶれていき、その重さを支える力は自然界には存在しないので、重力の穴ブラックホールの中に姿を消してしまう。チャンドラセカール(インド出身で米国で研究)は、量子力学を使ってこのようなプロセスを初めて説明し、ノーベル賞を受けた。
■銀河系外にあまたの銀河
(次々に写真を掲げて)銀河系の中には、数万個以上の星がボールのように集まった球状星団が百個ぐらいある。もっとまばらに集まった100個程度の星の集団は散開星団という。「星は昴(すばる)」(清少納言)のスバルも散開星団である。銀河系外の宇宙には数限りない銀河があるが、1つの銀河には数十億個から数千億個、あるいはそれを超える星がある。これはアンドロメダ銀河の写真で銀河系に近いところ(200万光年)にある。これは南半球に行くとボンヤリ見える大マゼラン雲と小マゼラン雲。銀河のごく近くにある。
日本の国立天文台がハワイのマウナケア山の標高4200メートルにつくった「すばる」は1999年に完成、口径8.2メートルの一枚の鏡による反射望遠鏡である。格段に性能がいい。(「すばる」が撮った写真を次々と示し)これは太陽程度の質量の星が一生を終わり、膨張して周りにガスを吐き出したところ。まん中の星は白色矮星になる。これは星が生まれているところ。これは20億光年、30億光年のところの銀河。点のひとつひとつが独立した銀河です。これは一番遠くにある銀河で、ビッグバンから10億年ぐらいしか経っていない時代に誕生した天体です。
■無限宇宙は刻々と変化
16世紀にコペルニクスが現れるまで、宇宙は有限で丸天井に星がちりばめられていて、神の指図で動いているとされた。イタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノは、コペルニクスの地動説を支持して「宇宙は無限に広がっている。星々は遠くにあるためにまたたいているけれど、太陽と同じように自分で輝いている」と主張した。このため、1600年に火炙りの刑にされた。17世紀後半になり、ニュートンは万有引力の法則から「宇宙が有限で外側に星がないとすれば、星々は内側に向けてだけ引っぱられ、宇宙は安定して存在するはずはない」とし、「宇宙は無限である」と結論した。
1826年、オルバースは「果てしない宇宙に銀河がいっぱいあるとしたら、宇宙は限りなく明るくなってしまう」といった。しかし、実際には宇宙は暗い。これを「オルバースのパラドックス」という。このパラドックスを解決したのは約百年後の1929年。ハッブル(米)が宇宙は膨脹しており、銀河は遠ければ遠いほど速いスピードで遠ざかっていることを明らかにしたのだ。銀河は、2倍の距離があれば2倍のスピードで、3倍の距離があれば3倍のスピードで遠ざかっている。
■「私」はどこに居るのか
われわれの宇宙はたった1つ。繰り返すわけにも、比較するわけにもいかないから、宇宙を論じるときは大前提が必要になる。宇宙は大局的にみて一様であり等方であるという宇宙原理(Cosmological Principle)が、その大前提。大局的な眺めは、どこで眺めても同じであるということだ。1次元の世界でいえば、東京の山手線を考えると、上野、東京、新宿……といろいろ駅はあるけれど、どこが始まりでどこが終わりということはなくどこも同等である。これが宇宙原理の考え方である。宇宙の大局的な眺めは、どこで眺めても同じになる。140億光年の彼方の地平線まで行けば、そこでも同じ景色が見えるはずだから、140億光年先にまた地平線が見えると考えるのである。
アインシュタインの特殊相対論と一般相対論によって、それまで空間と時間は物理学の直接の対象にならなかったのが、物質(エネルギー)と空間と時間が三位一体の新しい宇宙論が生まれた。しかし、アインシュタイン自身は、宇宙は静的なものと考えていた。ところが、自分が考えた方程式をどう解こうとしても、静的なモデルは出てこない。何かが不足しているとして、それまでの物理学では知られていない新しい項を加えた。距離が遠くなればなるほど強くなる万有斥力の導入である。
これに対して、ロシアのフリードマンは、1922年に元の方程式をきちんと解くことに成功した。静的宇宙は不安定であり、宇宙は拡大しているか、つぶれているか、どちらかであるという答えを導いた。フリードマンはアインシュタインに手紙を出したが、返事はこない。だいぶたって返事がきてフリードマンの結論を認めた。気象学者でもあったフリードマンは、気球に乗って観測したため肺炎となり、1925年に37歳で死亡した。アインシュタインは、レニングラード大学でフリードマンの教えを受けたガモフにずっと後に会ったとき、「私の新しい項の導入は一生の痛恨事だった」と告白した。
ぼくが生まれた1925年、ハッブルは、それまでわからなかったアンドロメダ銀河までの距離を測り、1929年には「どんな銀河もわれわれから遠ざかっている」と発表した。銀河が遠ざかる速度vは銀河までの距離rに比例するとし、その比例定数をHとすると、v=H×rという式が成り立つ。Hはほぼ、100万光年遠ざかるにつれて秒速20キロ速くなるというもので、H≒20km/sec/100万光年で表される。ここに初めて「オルバースのパラドックス」が解決された。遠ざかる銀河が光速になる距離はr=c/H。vの代わりのcは光の秒速を示し30万km。Hは前述の通りなのでr=30万km×100万光年/20kmとなり、答えはr=150億光年。およそ150億光年の距離に宇宙の地平線があることになる。

