私は通訳案内士
徳地博文さん語るニッポン
訪日外国人の通訳案内士歴20年。質問にきちんと答えるには、絶えず日本について勉強が必要だ。やっていると自分でも日本や日本人の姿が分かってくる。徳地博文さん(57)=05年入会=は、そこが好きでガイドを続けてきた。通訳案内士は通訳案内士法にもとづく国の資格で、それなしに報酬を得て業とすることはできない。試験は難関、違反すると罰則もある。ところが国は最近、法を改正し資格なしでも有償で観光案内ができる新制度の検討を始めた。観光立国を掲げる手前、堅苦しいことはいってられなくなったらしい。こういうところには、日本人の便宜主義的な姿も見る。
(聞き手=「再生」編集担当・小飯塚一也)
-----------------------------------------------------------------
■震災で、訪日外国人の観光は壊滅的
――大震災と東電の福島第一原発事故の影響で、訪日外国人は4月は前年比63パーセント減、8月に入っても同32パーセン減だそうです。
徳地 夏になって少し回復してきたものの、外国人の日本観光の状況は壊滅的です。小泉純一郎さんが首相だった時代に「ビジットジャパンキャンペーン」が始まり、訪日外国人をふやすことが国策になりました。2010年までに年間1000万人を目標にしていた。観光立国推進基本法ができたり、観光庁が発足したりした。でも、昨年は860万人だったので、目標は達成できませんでした。そこに大震災と原発事故が起きたのです。
この夏2週間、リタイア後の外国旅行で来日した人たちのツアーに同行しました。東京から始まり、松本、飛騨の高山、金沢、京都、広島、倉敷、大阪をバスで巡りました。メンバーはアメリカ、ニュージーランド、インド、カナダから来た20人です。このツアーは例年あり、いつもは40人が参加していました。大震災と原発事故の影響で、半分になったのです。旅行会社の日本ツアーの数も減りました。年間80もの訪日ツアーを組んでいたアメリカの会社が、3月に日本事務所をたたんでしましました。
それでも、現代建築ツアー、庭園ツアー、日本の農業機器メーカーが招待する農家や農業高校生のツアーなど、訪日するテーマは多彩です。ポップカルチャー、コンピューターゲーム、漫画などを通じて日本のことをよく知っている。そういう層が40歳を超すようになっている。40か国でテレビ放映された格闘アニメ「ドラゴンボールZ」など、日本人の大人世代、高齢層はあまり知らないようなことがきっかけになって訪日しています。東京を舞台に、倦怠期のハリウッドスターと孤独な若いアメリカ人の人妻の出会いと別れを淡く描いたアメリカ映画「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年制作)や京都・祇園の芸者の回想をもとにした映画「SAYURI」(2005年制作)などもよく話題になる。日本に来る動機は国によって違いますが、見ているもの、知っていることから話題が発展して日本を理解していく。日本社会の安全性や人々の親切さ、町の清潔さについては、どこの国の人も一様に感心し、きれいだとよろこんで帰ります。早く、心配なく旅行できる日本に回復してほしいと思います。
■お墓は勉強が必要な絶対のトピック
――旅行中はどんなことが話題になっているのですか。
徳地 日本の宗教から歴史、生活の風習や社会福祉の問題、年金などありとあらゆることが話題にのぼります。ガイドブックにはないようなことに興味がある。その中で、必ず話題になるといっていいのがお墓です。絶対のトピックで、このことについて歴史的、宗教的な知識は欠かせません。バスで走っていると、お墓は日本国中いたるところで目に入ります。東京の六本木のビルからでも、高速道路や田舎道でも飛騨の高山でも……。目につくものは聞かれるのです。卒塔婆があるとあれは何か、という具合です。
家族墓が多いこと、墓には火葬した骨を骨つぼに入れて収めてあること、普通は長男が管理をし次男は入らないことなど、家族制度のようなことまで話がすすむ。私は、父、義理の姉、兄を亡くしています。そのときの具体的な葬儀体験や葬式仏教のこと、祖先崇拝の感情や何回忌などの法事やお盆の行事など細かいことも話します。人が死ぬと葬祭業者がやってきて、火葬から葬儀、埋葬まで、こういう風になっていますと説明されてことはシステマチックにすすむ。かなりのお金を払わなくてはならなかった、などと説明すると、何でそんなことをするのかとびっくりします。高山の白川郷の民家を訪ねると、仏間があり立派な仏壇がある。日本人は、仏壇の前で毎朝お供えをして亡くなった人のことを思ってきたのだという話をすると、そういうことにはとても共感してくれる。
私は、必要に迫られて日本の葬送の歴史などについては図書館にも通い、ずいぶん本を読みました。仏教の宗派ごとの考え方、遺骨、遺灰のこと。鴨川に流してほしいという親鸞の遺言とそれが実現しなかった現実。家墓の慣習だって古いことと思っていたら明治から始まったことだった。葬儀のたびに違和感があったが、勉強してみて葬式仏教のなさけなさに気づきました。そこから自由になるにはこれしかないと思って、葬送の自由をすすめる会に入ったのです。
日本の風俗や習慣には、伝統的に長くやってきたと信じ込んでいることが意外とそうではないということが多い。神道の結婚式は、1900年に大正天皇が宮中賢所で行った結婚の儀がきっかけで民間に広がった。結婚式など日本では非宗教的なことで昔は自宅でやっていた。神に誓うキリスト教をまねたともいわれます。日本固有といわれたサラリーマンの終身雇用制だって、定着したのは本当はたかが戦後の経済成長が始まったころのことです。
明治神宮に案内する。拝殿で拝んでいる人たちのことについて質問がある。この神社には明治天皇が祀られているが、参拝に来ている人は明治天皇にあやかろうとしているわけではない。何か大きなものの前で謙虚になっている。それが具体的に何かである必要はない。日本人がもっている人間も自然の一部だというアニミズム的感覚について説明しようとしますが、このようなこともガイドの仕事をしているからこそ考えざるをえないことと思います。
■残念な通訳案内士への冷たい国の対応
――通訳案内業務について国が制度改革をしようとしているようですね。
徳地 通訳案内士法は、通訳案内士の業務について「報酬を得て、通訳案内(外国人に付き添い、外国語を用いて、旅行に関する案内をすることをいう)を行うことを業とする」とし、「通訳案内士でない者は、報酬を得て、通訳案内を行ってはならない」と規定しています。違反すると50万円以下の罰金です。登録者は15,000人ほど。資格の目的は、訪日外国人が安全に旅行できるよう案内し、日本の国やその心について適切な情報を提供して日本を好きになってもらおうということです。
語学のほかに、日本の地理や歴史、一般常識の試験があり、以前は合格率は数パーセントという難関でした。しかし、中国を始めとするアジアの国々の経済が成長し訪日数がふえ、いまでは訪日外国人の70パーセントを占めるようになった。そこで、数年前からソウル、北京、香港、台北でも一次試験をするようになりました。試験もやさしくなって、いまは合格率15パーセントぐらいになりました。
この背景には、アジアからの旅行団体は費用のかかるわれわれ通訳案内士を使わず、自国から同行する添乗員の案内ですますという問題があります。これは違法状態なので、業界は国土交通省に告発してきました。しかし、「ビジットジャパンキャンペーン」が始まり、国交省はともかく訪日外国人の数をふやしたい。無資格ガイドの問題は見て見ぬふりをし、一方でわれわれに文句をいわれないよう、通訳案内士の人数をふやそうとしているのです。
そのうえで、「通訳案内士のあり方に関する検討会」をつくって、国家資格がなくても有償でガイドができる新ガイドの導入を進めようとしています。有資格者の業務独占の廃止ということです。資格制度をやめたらという話も出ているほどです。
観光庁がわれわれの仕事をその程度にしか考えていないのにはがっかりです。
■日本では法律がそのまま機能しない面も
――そういうところにも日本人の姿があるということですか。
徳地 外国人に日本のことを正しく知ってもらおう、という現行法のめざしている考えがあるのに機能していない。日本には法以外のところで抑止しあったり、一方でそれで円滑に運用されていたりという便宜主義的なことがよくあります。法治国と思えないところがある。
例えば、2007年に道交法が改正され、すべての座席のシートベルト着用が義務化されました。諸外国でも義務化しているからという理由です。ガイドもベルトを締めて乗客と対面する方式を採用したバス会社のことが話題になりました。しかし、施行直後の記者会見で警察庁長官が「一般道での行政処分はすぐには時期尚早と思う」と述べたことが報じられました。いろいろ声が出たためか、高速道での違反は運転者に行政処分を科すが一般道はその対象としないという運用になっています。
ガイドをしていて終盤になると打ち解けてくる。私は「妻にアイラブユーといったことがない」と話します。するととても驚きます。何でも言語化して理解する欧米の人たちに、日本の感情伝達は言語だけではない、とりわけ大事なことは言語化できない、フィーリングが大事なんですというんです。それでも「今度家に帰ったら、奥さんにちゃんといってあげなさい」と忠告されます。そのときは、「でも急にアイラブユーなんていったら何か悪いことをしてきたの、ということになりかねない」と日本人らしく返事をしているんです。
『再生』第83号(2011.12)

