私は72歳からの僧侶
退任後、仏教界に飛び込んだ 岩手大名誉教授、高橋清さんに聞く
岩手大名誉教授の高橋清さん(81)は、静岡大教授から岩手大教授、岩手県立宮古短大学長を歴任した財政学専攻の経済学者だ。69歳で短大の学長を退任すると直ちに埼玉県のさいたま市に居を移した。文化勲章を受けた仏教学者の中村元さん(故人)に傾倒し、勤めをやめたらすぐ東京に出て直接講義を聴こうという計画を実行したのだ。人間の欲望を出発点にする経済学に疑問を感じ、以来10年、中村さんが主宰する東方学院で勉強を続け、平行して東京国際仏教塾にも通い得度した。浄土真宗寺院の権僧都の僧位をもつ。会に入り、また聖路加国際病院の日野原重明さんが組織する「新老人の会」にも加わり、元気なメンバーと交流して「もう歳のことは言わないようにした」という。
(聞き手=事務局・小飯塚一也)
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■「少欲知足」という教えにひかれた
―― 大学ではどんな研究をしていたのですか。
高橋 私たちの時代はマルクス系経済学の時代です。私は、財政学といっても地域研究が中心で、道路は生活道路を中心に計画するべきだという考えを『道路の経済学』(東洋経済新報社)という本にしたこともあります。しかし、50歳をすぎると、人間の欲望を出発点にして体系をつくっているこれまでの経済学は間違っているのではないか、と思うようになった。
地球資源は限られている。この資源に技術的進歩をいかに組み合わせていくかということですが、欲望は無限に増大する。結局、地球資源環境は破壊されてきた。それに対して、仏教には欲望をコントロールするという考え方がある。「少欲知足」が基本の教えです。人間の欲望を出発点とするのは間違いではないのかと考えて仏教に関心を持ち始めたのです。
実際、仏教をもとにした経済学がでてきていた。銀行家出身の井上信一という人が書いた『地球を救う経済学―仏教からの提言』は、少欲知足の考えです。それより先、英国の経済学者E・F・シューマッハーは、『スモールイズビューティフル―人間中心の経済学』(講談社学術文庫)で「仏教経済学」という言葉を使っている。資源や人口、軍拡や環境を考えるためつくられたローマクラブが1972年に「成長の限界」という報告を出した。同じ年、国連の人間環境会議などもあって成長の幾何級数的増大を問題にするようになってきた。その頃のことです。
―― 小泉首相以来の日本では「改革なくして成長なし」の市場原理主義ですね。
高橋 在職中から少しずつ仏教経済学の研究を始めました。でも、大学で教えている時はその立場で話したくてもできない。少欲知足の経済学は民間企業に入る以上は役立たない。いかに会社のものを売るかというのが会社の使命でしょ、それなのに出来るだけ買わないようにしようというわけですから。いまは市場原理主義のかげに潜めたようにみえますが、CO2削減問題があり、前アメリカ副大統領のアル・ゴアが地球温暖化に関する活動でノーベル平和賞を受賞するということもあり、「成長の限界」の問題は絶えず底流にはあるのです。
■浄土真宗に本来、死者供養や永代供養はない
―― 退任後、東方学院や東京国際仏教塾で勉強を始めたのですね。
高橋 仏教経済学をやるには基礎の仏教を勉強しなくては、と思ったのです。でも、東方学院で出会った仏教学者の鎌田茂雄さんが、「理論だけで分かろうとすると2、30年はかかる」という。実践が必要と思い直して、社会人から僧になる道を開くこともできる「還暦総得度運動」を進めていた東京国際仏教塾にも入りました。得度して、浄土真宗で教師の資格をとるため勉強しました。教師の資格をとって僧侶として一人前になる。3年たって出した卒論のテーマは「真宗と経済倫理」です。
僧として実践を始めて、宗派、教団の世界は世襲制が強いことを知りました。実質的には、お寺の子どもたち、つまり寺族(じぞく)しか僧として活動できない。社会奉仕、福祉活動が仏教の本来の任務なのに葬式と法事中心になる。墓石を建てることで檀家をつくり、拘束する。それが維持できなくなってきて、納骨堂や合葬墓苑をつくる。
得度して教師の資格をもらうまでには、実習で墓苑などにも行きます。東武東上線の森林公園駅に降りると、霊園行きの定期バスが待っています。武蔵丘陵森林公園は国営ですが、その周辺では山を崩して大規模な霊園開発が行われている。こういうところは雨が降ると水が出るので必ず遊水池をつくっている。だから池を橋で渡って行くという構造になっているのです。それも限界に来て最近は、都心のビルの中に墓石を建てるようなケースもある。
親鸞にしろ一遍にしろ、日蓮、道元にしろ鎌倉新仏教の開祖は、自分の葬式お墓について何も言っていない。浄土真宗には本来、死者供養や先祖供養、永代供養はない。阿弥陀の大きな働きにつつまれて浄土にいるので、改めて成仏してほしいとお願いする必要はないのです。墓は建てたら、それが供養になると思っている人がいる。しかし、山陰地方のある村で、最近までみな墓を持たず、骨のほんの一部を西本願寺の大谷本廟に納骨し、ほかは全部湖に投棄していたというところがあったそうです。いまは寺の納骨堂に納めるようになったようですが……。
■お寺の外にいるわれわれに役割り
―― 勉強はどういう風に生きていますか。
高橋 東方学院に入って4年目の1999年に主宰の中村元さんが亡くなりました。その後2004年まで受講を続け、通算10年になりました。浄土真宗寺院の方では、後輩僧徒が教師資格をとるための卒論の考査を担当しています。しかし、教団、宗派にかかわっていると前に進まない。お寺と仏教のあり方を変えることはできません。宗派を超えた活動を呼びかけている学者もいる。また、浄土宗開祖の法然ゆかりの法然院のように、教団から離れて環境団体に施設を貸したり、音楽会を開いたりする寺院もある。葬式と法事しかやらないのでは本来の仏教の役割りを果たしていないのではないか、という批判に応える動きも活発です。葬送の自由をすすめる会の運動も影響を及ぼしていると思う。その意味では、お寺の外にいて仏教を勉強しているわれわれにもやらなければならないことがあると思い、塾の後輩有志と私が住んでいる団地の集会所で毎月、「親鸞和讃」を学びあう会を続けています。
和讃は現代に通用する中味がある。教学的なことは教学者に任せておけばいい。われわれは社会人として生きている以上、現代的な問題との関連で発言、実践にかかわろうとしている。例えば、独居老人とコンタクトして生前から死後のことについてもどう丁重に扱うか、などの活動も始めている。在宅患者を診ている医師が、「われわれは患者が亡くなったら家族と話し合い、面倒も見る。そんな時、坊さんがキンキラキンの衣でやってきてお経を上げただけで帰っていく。生前からのお付き合いがないのです」という。弔いの心はひとつです。でも葬送のかたちはいくつあってもよい。例えば、自然葬をするまでの期間、現代に合わせたお経の上げ方、簡素な葬送のかたちを研究してやっていくことも大切だと思います。
また、お墓に悩む人たちに助言するようなこともやっています。永代供養墓、合葬墓に入りたい人もいる。世間体を考える人も多い。いろんな価値観があるのはやむをえない。お寺がこころから供養してくれるかどうかは、住職の人柄や、後継者もきちんとした僧になっているかどうかをよく見なさい、といっています。
■仏教経済学、若い人に期待したい
―― 聖路加国際病院の日野原重明さんは会の運動にも強い関心を持っています。「新老人の会」に入った理由はどんなことですか。
高橋 日野原さんは、「お墓もお寺離れや霊園離れの方向に進んでいる。自然葬は緑化運動の一つとして将来もっとも普及する様式のものとなると予測している」といっています。今年3月入会しましたが、日野原さん自身の内科医として死の看取り方を尊敬していた。いろんな人の最期を看取っていますが、その中には有名な仏教者も多いんです。例えば、鈴木大拙や作曲家の山田耕作、首相にもなった石橋湛山のような人です。石橋は、日蓮宗総本山身延山久遠寺法主の息子で、小国主義の立場をとったことで知られていますよね。そういうこともあって入会してみると、会員の皆さんが元気なのに驚きました。80歳代が中心になって活動している。私は昨年、会と相模灘沖の特別合同葬の契約をしました。そのときは、これからは自分だけ静かに暮らしていこうと思っていた。しかし、「新老人」の元気なパワーをもらって考えが変わりました。81歳をすぎたが、もう歳のことは言わないようにしました。「世界を語ろう会」というサークルに入っています。
私は岩手にいたとき、盛岡市の公営墓地に私たち夫婦のお墓を建てました。何も考えず、安くて景色もいい、岩手山も見える、というような理由でです。でも仏教を勉強して、お墓などなくてもいいと切実に思うようになりました。昨年、撤去してしまいました。
仏教思想に基づいた経済学は構築できると思います。仏教の教学一筋の人は経済学を知らないのだからやろうと思った。でも、私は原典主義だから仏教の原典から着手していると手に余る。若い人がぜひ取り組んでほしい、と思います。
『再生』第67号(2007.12)
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