遺言の作り方を公証人の池田茂穂さん(元名古屋地検検事正)に聞く
「親が財産を残して死亡した場合、相続人にとっては遺産分割協議こそ一世一代のチャンスです。何億、何千万という値打ちのある財産が無償で手に入る機会ですから、自分のために少しでも多くの財産を得たいと思って、めいめいが恥も外聞も忘れて権利を主張し合うのです」(日本公証人連合会『遺言のすすめ』)。――相続財産をめぐる争いが年々増えている。自分の死後に起きる遺産争いを未然に防ぐため、どのように遺言を残せばよいのか。本会顧問で東京・京橋公証役場公証人の池田茂穂さん(元名古屋地検検事正)にインタビューした。 (本会理事・西俣総平)
『再生』第56号(2005.3.1)掲載
-----------------------------------------------------------------■公証人は国家公務員
―― 公証役場というと、日ごろは市民の生活には関係のなさそうな感じですが、そもそも公証人とは何をするお仕事でしょう?
池田 広辞苑には「当事者その他の関係人の嘱託により、民事に関する公正証書を作成し、私署証書に認証を与える権限を有する公務員」とあります。裁判官や検察官、弁護士など30年以上の実務経験がある法律専門家から公募試験で選ばれ、法務大臣から任命される国家公務員です。現在は全国に295の公証役場があり、552名の公証人がいます。
―― 公正証書とはどういうものですか。
池田 公正証書には遺言公正証書、契約公正証書などがありますが、公証人が法律に従って作成する公文書なので、安全確実かつ強い証明力があります。たとえば、自分で書く自筆証書遺言ですと、死後に相続人全員が立ち会ったうえで家庭裁判所で“検認”という手続を受けなければなりませんが、公正証書ですとその必要がありません。
法律知識が十分でない遺言者が作成した自筆遺言は、内容に不備や誤りがあったり、不明確な点があったりして効力に問題が生じる心配があります。その点、公正証書による遺言は公証人が十分にチェックして作成するので、あとで問題は起こりません。
■民法を破る遺言の機能
―― そもそも相続問題でなぜ遺言が必要なのですか。それと遺言を作るときに一番重要なポイントは何でしょう?
池田 まず財産を譲る相手、つまり相続人が誰かを決めることです。相続権があっても譲るのが適当でない場合、廃除することができます。例をあげると、親に暴力を振るったり、訴訟をしかけている子供は財産の相続人から除くことができます。
それから、相続人ではないけれども、非常に世話になった人に財産を譲りたいというときは、遺言で相続人に指定しておかないと、何も残せません。長年世話になった内縁の妻がそうです。それと、亡くなった息子の嫁に子供がいないと、息子の親の財産に関してまったく相続権がありません。さんざん老後の世話になった嫁が、自分の死後に何ももらえず、すべての財産は死んだ息子の兄弟姉妹が受け継ぐのでは、嫁があまりに気の毒です。遺言でしかるべき遺産を残してあげるのが思いやりというものです。
事業を営んでいる人、農業に従事している人はとりわけ遺言が必要ですね。営業に関する財産や営業権、いわゆる“のれん”のようなものは非常に分割がしにくい。農地なんかもそうです。これらの財産を民法の相続規定通りに分割してしまったら、営業や農業の継続がむずかしくなり、骨肉の争いになりかねない。法律とは違った分け方にする必要がありますね。それを遺言で決めておくわけです。
―― 遺産相続は民法の規定に従って行われるとばかり思っていました。実際はかなり法律と違う分け方ができるわけですね。
池田 遺言とは、個人の意思をその死後に実現させるための制度です。遺言には今ある民法の規定を破る機能があります。だからこそ、法律で決められた遺留分の制度はあるにしても、親族以外の他人まで含めて、自分の相続人を誰にするか、遺産の配分方法をどうするか、はっきり決めておかなければなりません。
複雑な家庭の場合、残された者への愛情と責任をもって遺産を残してあげないと、必ず大もめにもめます。また、一見うまく行っているように見える家庭でも、人にいえない何かの事情があるものです。
■自然葬の遺言を実現するには
―― さて、もくもくと1ヶ月間歩きました。その次は何をしたらいいでしょう?
秋田 まず1ヶ月間、毎日歩いた人には、次のような私の行っている3点セットのメニューを紹介します。第1にウオーク。これは一生続けることですね。第 2は水泳です。理想的には週に3回、1回2時間でゆったりと泳ぐ。距離にして1500メートルぐらい。3番目は週1回の筋力トレーニングです。この3つを無理なくやれるようになるにはまず1年はかかりますが。
―― 相続以外でどんな遺言がありますか。
池田 婚姻外の子供を遺言で認知する場合もありますね。家庭争議になるので奥さんには知らせたくない。さりとて、永久に知らぬふりではあまりに可哀想なので、遺言で認知するというケースです。
墓の問題を含めて祭祀の承継者を誰にするかを遺言に書かれる人も多くいます。特殊なケースとしては「私は死後、主人と一緒の墓に入りません。仲良しの人と同じ墓に入るための用意がしてあります」と遺言した女性もいます。
―― そんな遺言を見せられたご主人や奥さんはさぞかし驚くでしょうね。
池田 公正証書で遺言を作っているので、ご本人が明らかにしない限り、死ぬまで秘密は守られます。公証人には法律による守秘義務が課せられているので、利害関係者から問い合わせを受けても、内容を漏らすことは絶対にありません。裁判所でも時によっては証言を拒否することがあります。それぐらい秘密を厳守するのが公証人です
―― 「葬送の自由をすすめる会」の会員で自然葬をしてほしいと遺言する方が少なからずいますが、どんな点に注意したらよいでしょうか。
池田 告別式など葬儀をするかしないか、遺骨を墓に入れるか自然葬にするかの決定権は遺された者にあるのが実態です。死んだ人にはどうすることもできない。けれども、自然葬を望む人は、祭祀の承継者に対して「自分は自然葬を希望する」と自分の意思をはっきり明記しておく。あらかじめ自然葬の契約を本会と結んでおくことも役に立ちます。
そのうえで、遺言の執行者を前もって指定できますから、その執行者にくれぐれも自分の希望をかなえてくれるよう約束しておいて、執行者が故人の遺志を強く主張すれば、たとえ遺族が自然葬に反対でも実現される可能性は高いといえるでしょう。これは献体についても同じこと。要はどれぐらい強い意思で明確にしておくかです。
■新しいタイプの公正証書
―― 尊厳死も公正証書にすることができるそうですが。
池田 これは遺言ではなく、その一歩手前の段階ですね。事実実験公正証書と呼ばれるものの一つで、公正証書の持つ公文書としての強い証明力を利用したものです。自分で保管しておき、臨終が迫ったら、家族や医師に提示して尊厳死を実現してもらいます。
公正証書には3つの項目を書きます。第1に、自分は尊厳死を選ぶことを宣言し、病気で不治かつ死期が迫っていると診断された場合、いたずらに死期を延ばすための延命措置は拒否する。第2に、苦痛をやわらげる措置は最大限講じてほしい。時として麻薬を使う場合にその副作用で死期が早まってもかまわない。
第3に、数ヶ月以上たって植物状態に陥った時は、一切の生命維持装置をはずしてほしい。そして結びとして、これはたっての希望であって、希望通りの措置をとってくれたことに感謝する。これに伴う責任は一切自分にあると書きます。
―― こういう公正証書は最近ふえているのですか。。
池田 自然葬や献体、尊厳死についての意思表示を公正証書にするケースは実際ふえてきています。これらは従来、公証人が扱ってきた問題ではないのですが、公証人の集まりの中で話題になることが多くなり、公証人用のガイドブックにも載るようになりました。
■相談はすべて無料
―― 公正証書を作ってもらうにはどうすればよいのでしょう?
池田 ぜひ近くの公証役場をたずねて相談してください。どんな中身の公正証書にしたいか、走り書きでもよいですからご自分の原案をもってきていただけば、公証人が本当の真意を聞いて、その方に合った公正証書を作成します。
―― 公正証書を作成する費用はどのくらいかかりますか。
池田 公証人は公務員ですから、相談は一切無料です。公正証書の作成には手数料がかかりますが、相続の場合には相続財産1億円以下なら原則として5万4,000円。尊厳死や任意後見契約などは原則1万1000円です。コストの面からも公証役場に相談することを考えてもよいのではないでしょうか。
―― ところで池田さんは検察官生活が長かったとうかがいましたが。
池田 2002年に退官するまで32年間、検察官でした。東京地検特捜部検事の時はロッキード事件の捜査・公判に従事し、東京地検刑事部長の時にはオウム事件や薬害エイズ事件を手がけました。盛岡と神戸の検事正を務め、名古屋地検検事正で退官したわけです。
―― 「葬送の自由をすすめる会」の顧問でもいらっしゃいますが、葬送のあり方についてどうお考えですか。
池田 公証人になってから、以前から知り合いの安田会長から顧問のお話があり、私は葬送の自由について諸手を挙げて賛成ですので、お引き受けしました。時代が変化して、家のかたちや葬儀にまつわる考え方が、民法の予定したものと変わってきています。自然葬が唯一の解決策とまでは思いませんが、宗教者も含めて多くの人がこれまでの葬送の考え方を変えていかなければいけないでしょう。
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