第4回 骨と健康
いろいろな病気読み取れる骨
寿命伸び、老化の意味も変化
鈴木隆雄・骨粗しょう症の権威(東京都老人総合研究所副所長)
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私の骨の研究はざっと30年以上に及びます。骨粗鬆症や、骨折をいかに防ぐかは大事なテーマですし、骨をいかに育てていくかもテーマの1つです。しかし、もう1つ大事なテーマに古い時代の人々の骨に現れた病気の研究があります。私は医学を学んだあと理学部に入り人類学を学んだことで、古い骨にも関心が広がりました。1万年前とか5千年前、あるいは200年前など、過去に亡くなった人々の骨に現れた病気についての研究、つまり古病理学をやっている人は非常に少ない。世界中でも500人はいないと思います。古い骨がどんな健康状態にあったかを読み取っていく。私は、そういう研究をやっています。
いろんな骨が全国で毎年発掘されます。普通は、江戸や鎌倉あるいは縄文・弥生時代の人の骨ですが、ときどき間違って最近の骨が発掘されることがあります。古い骨でも人類学者が、変だ、よく分からないというと、大体、私のところに回ってきます。変な骨というのは、病気のために正常な形をしていない。壊れていたり孔が開いていたり、一部に余分な骨ができていたり。つまり骨にはいろんな病気が現れているのです。
インドから導入される骨格標本
医学生が最初に学ぶ人体の部分が骨です。もちろん正常な骨です。昔は、行路病人、つまり行き倒れの人で、身元の確かめられなかった人の骨を使いました。いまは本人の意思を無視して献体にされることはありません。現在、学生が最初に勉強する骨は、日本人のではなくほとんどはインドからもってきています。インドはヒンズー教の国で、亡くなると聖なる河、ガンジス川に流される。川床に沈んだ遺体を業者が集めるのです。
川床に半年も漬かっていると本当にきれいな骨になる。インドは骨格標本の最大の輸出国なのです。興味深いことに、その遺体にも、いわば「松」「竹」「梅」があります。頭のてっぺんから手足の先まで人体の骨のすべてが完璧にそろって、なおかつ靭帯でつながったものは「特上」。川床で3、4カ月たつと肉などはきれいになくなる。しかし、骨と骨をつなぐ靭帯はきれいに残っているのがあります。「竹」レベルの骨格標本は、靭帯はないが頭から手足の先まで全部の骨がほとんど残っていて、小さな骨は別の遺体の骨で埋め合わせて骨格標本にしたもの。「梅」クラスになると、主要な骨もバラバラに集めている。日本の骨格輸入業者は、大手が3社あり、学生実習の標本として、あるいは外科医の手術トレーニング用として納入しています。
ところが、標本の品質に関係なく受け入れ先からクレームがつくことがあります。「この骨は正常じゃない」「骨が病変のために使えない」などとして返却されてくるのです。そんな病気の骨を引き取る先のリストがあって、どうもその筆頭に私の名が載っているようです。
骨は病気によってどういう変化を受けるのか。病気のステージや種類によって骨がどのように反応するかをみる1級資料がないと、昔の人の骨に現れた病気を判断することができません。ですから、私の研究室には、私から言えば貴重な骨がたくさんあります。
ときどき、大量の骨が研究室に持ち込まれます。最近の例では、上野の新幹線駅の拡張工事のときに、江戸時代のお寺の墓地から約280体の人骨が出ました。明暦(1655-1658)の大火(明暦3年、江戸城本丸をはじめ市街の大部分を焼いた大火)以降、幕府は上野近辺を寺町としたのです。大量に出たために引き取り手が足りない。火葬して無縁仏として埋葬することになりかけました。ところが、江戸時代の骨というのは大変貴重です。私たちの祖先です。私たちの病気の原風景は江戸時代に出来上がっているからです。
そこに気づいた方々から引き取ってほしいという依頼がありました。私はマンションの一室を借り保管することにしました。今も大事な研究資料として使っています。
栄養状態悪かった江戸の子供
これらの骨にはたくさんの病気が現れています。たとえば、江戸時代の庶民はわれわれが考えるよりずっと栄養状態が悪かった。栄養が悪いと子供の発育は悪くなり大きくなりません。骨にいろんなサインを残しています。1つは、眼窩の天井部分、目玉と脳の間には薄い仕切りがありますが、成長時のトラブルの影響がすぐ出ます。低栄養だと天板の骨に孔がたくさん開きます。鉄分不足で貧血になるとくっきりとした孔が開いてしまう。貧血が3年くらい続くと確実に孔が開く。
江戸時代の子供の骨はたくさん埋葬されています。庶民の子たちにはほとんど貧血の跡があります。ずいぶんと栄養状態が悪かったことが分かります。栄養不足だと歯の成長に影響が出ます。歯の表面にエナメル質ができない。そのときどきの栄養状態によってエナメル質の出来ている部分と出来てない部分があり、だんだら模様になった歯がたくさん出ています。
刀剣による傷もある。刀槍傷をもった大量の骨が出土したのは鎌倉の材木座です。刀や槍、熊手のようなもので頭傷を受けた骨が600から700体も出ました。これらは人類学の鈴木尚博士の研究で鎌倉時代の1333年、新田義貞が鎌倉攻めを行ったときのものであることが埋葬品などから明らかになっています。海辺の砂地に大量に埋葬されていました。ときどきこうした歴史的事実も明らかになります。
貝塚の縄文人の骨からがん発見
日本で一番古いがん患者が分かっています。縄文時代の患者です。縄文時代のがん患者は極めて珍しい。がんになる前に死亡するからです。この時代の平均寿命は14歳ぐらいと言われています。ほとんどが生まれてすぐ、あるいは子供のうちに死んでしまう。15歳まで生き残ったとしても、その人たちの平均寿命は37歳ほどだったろうと言われている。がんは50歳ぐらいから急に出てくる病気です。稀に50、60歳まで生きたり、あるいは若いときに発がんしたりするケースがある。がんが稀であり、縄文時代の骨の発見も稀ですから、このがん患者の骨は大変貴重です。
この骨は福島県相馬郡にある貝塚から出ました。ちなみに貝塚というのは、ごみ捨て場ではありません。貝が再び戻ってくるようにと、祈りをこめて貝殻などを埋めたのです。縄文の人は亡くなると、貝塚に穴を掘って遺体を埋めます。数千年のうちに雨水が貝殻をとかし、カルシウムが人骨に沈着します。埋められたあとカルシウムを得てピンピンの骨になります。そして私たちのところに帰ってきたわけです。
この貝塚からはたくさんの縄文人の骨が出てきました。場所が足りなくなると、以前に埋めた遺体を掘り起こしてまとめて埋めなおします。骨はみなバラバラです。狭い所に埋め直すため、多分故意に壊してまとめたと思われます。それらの中から破片を復元します。その中に大変珍しい骨がありました。頭に直径7ミリぐらいの丸い孔が3つ開いていたのです。私は見た瞬間、病気で孔が開いたのだと思いました。ほかにも同じように孔の開いた破片を7、8個見つけ、ジグソーパズルのようにつなげると、見事に1個の頭骨になりました。レントゲンで撮ると、頭の中にいっぱいきれいな孔が開いている。明らかにがんです。頭の骨にびっちり転移したものです。
骨を舞台にする血液の病気
骨は、活発に代謝する臓器なのです。骨髄をもっていますから、常に血液を入れ替えねばならない。新しい血液が出ていき、古い血液が戻るということを繰り返している。縁に血管の入り口がいっぱい出ている。血管はすべて骨髄に向かっていると同時に骨そのものも養っている。骨は血液を豊かに湛えている。血液の病気はほとんど骨を舞台としている。がんのように血液に乗って出てくるもの、または身体にばい菌が入ったときに扁桃腺などで留まっているときはいいが、血液に入るとすごい悪さをする。血液に一旦入ると容易に骨の中に入ってしまう。
骨が代謝をするときに、重要なのはカルシウムです。骨は古いカルシウムを新しいカルシウムに取り替えています。骨は、中側から小さい骨がたくさん集まってスポンジのようになっています。そして、空間に骨髄があって血液を造っている。骨が古くなると、骨を壊す細胞が血管から染み出て骨を少しずつ溶かす。身体の骨の3パーセントがいま壊れつつあるのです。古い骨がなくなると、今度は新しいカルシウムが細胞の働きでくっついて修復されます。常時3パーセントが壊され、3パーセントが新しくなっている。3年たつと骨は全部置き換えられています。
硬いと思っていた表層も新陳代謝を繰り返している。このとき、カルシウムを取り入れて骨を作るように指示しているホルモンがいくつかあります。代表的なのがエストロゲン(女性ホルモン)です。女性は、10歳または12歳ぐらいから日本人の平均閉経年齢の50歳ぐらいまで、40年間は女性ホルモンが出続けているので、骨はしっかりと保たれます。しかし、閉経により女性ホルモンは減っていき、60歳になるとまったく出なくなります。
男性の場合、ごく微量の女性ホルモンをもっている。肝臓でごく微量の女性ホルモンが生成されている。終生、微量の女性ホルモンを持っているのに対して、女性はゼロになります。女性は40年間卵巣で多量の女性ホルモンをつくり続けたため、肝臓で作るのを忘れてしまうのです。
ある意味で、高齢期に入ると、男は女らしく、女はより男らしくなるとも言えるわけです。女性は社会的には終生女性ですが、60歳代以降は生理的にはまったく別の生物となる。3パーセント壊して3パーセントつくるというバランスが崩れてしまうのです。高齢の女性の場合、骨を壊す方は4パーセント、新造するのは2パーセントで差し引きマイナス2パーセント。骨は毎年減っていくことになります。骨量が失われて骨がスカスカになった状態が骨粗鬆症なのです。
江戸時代はなかった骨粗鬆症
骨が粗くなって、鬆(す)が入った状態になる病気です。骨は細くなり骨折しやすくなります。これは縄文時代や江戸時代にはほとんどない病気です。骨粗鬆症になるまで生き長らえていないからです。そのかわりハードな肉体労働などで余分な骨ができて痛くなるとうのが、昔の骨の老化でした。骨の老化といっても、江戸時代以前と今では大きく違うのです。
今日、女性の平均寿命は86歳、男性は76歳。しかし、女性は不健康寿命も長い。閉経が50歳とすると、そのあと36年間も骨が減った状態で生き続けなければならない。
ちなみに平均寿命とは、今誕生した赤ちゃんの半数が生き延びる数値で、ここにいらっしゃる人は、今まで元気で生きてきたわけですから86歳よりもっと長い時間を生きることになる。おそらく90歳頃までとすると、骨がスカスカになった状態で40年間を生きていかねばならない。これは大変な問題です。男性もそうですが、とくに女性の方は自分の骨をしっかりさせておかなくてはいけない。そのためには、カルシウムは摂らないよりは摂った方がいいが、この年齢でカルシウムをあまりたくさん摂っても役にたたない。女性の場合、50歳を過ぎて骨を20歳のレベルに戻そうと思っても無理です。骨粗鬆症自体をしっかり防ごうと思っても無理なのです。
しかし骨折は防げます。その第1は転ばないこと。転ぶにもいろいろあって、例えば階段から転げ落ちることは滅多にない。ほとんどの方は、家の中でちょっとしたつまづきで転ぶのです。
では、男性に骨粗鬆症はないのか。男性もなります。ただし女性とはまったく別の理由でなるのです。腎臓の機能が落ちるとなる。夜尿の回数が多くなったら要注意です。夜、横になると重力の影響が小さくなるので腎臓はたくさんの血液を受け取り、できるだけたくさんの尿を作ろうとします。若いときはたくさんの老廃物を尿に排出したのに、年齢が上がると能力が落ちるので尿が水っぽくなります。尿の中にリンが排出されにくくなる。リンはカルシウムと一定の量的関係をもっているため、血液の中にリンが増えるとカルシウムは減る。減った分を補うためにカルシウムが骨から溶け出すのです。ですから男性も腎機能が悪くなると骨粗鬆症がでるのです。しかし、腎機能の低下がでるのは大体75歳以降です。男性の平均寿命は76歳ですから、骨粗鬆症が出る頃には、寿命も終わりに近い。
男性は骨の老化より血管の老化が進むのです。女性は女性ホルモンが長年出ているために血管が柔軟なのです。女性ホルモンが血管をしなやかにしたり骨を丈夫にしたりする働きをするのは、子供を産むためです。出産時に血圧はものすごく上がります。女性ホルモンのおかげで普段から血管の内部にあるゴムの弾力が豊かなのです。女性ホルモンの恩恵を長く受けたため女性が脳卒中になる率は小さく、女性の老化はほとんど筋肉と骨が原因となるのです。
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すずき・たかお(鈴木隆雄) 1951年、札幌市生まれ。
老年学、古病理学専攻。札幌医科大学助教授をへて東京都老人総合研究所へ。2000年から副所長。
『骨から見た日本人―古病理学が語る歴史』(講談社選書メチエ)、『骨量と骨粗鬆症』(主婦の友社)など多数の著書がある。
再生 第63号 (2006.12)
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