会員の声_2008年分 (20080601_ss69p37_HEda)
■死後を考えていて会を知った
江田晴夫(茨城県牛久市)
「後期高齢者」といわれる年齢になり、精神的・肉体的に衰えを自覚し、日常的にも実感するようになりました。周辺の環境変化は、こうした自覚や実感をいっそう促進していきます。知人・友人やとくに肉親の死、過剰情報の氾濫や先端技術の進歩などに追いついていけない自分、などなどです。
このような時、ふと死が脳裏を過ぎります。そして死後の自分のありようを想います。墓石下石室の中、洋風芝生石碑の下、自動化小仏壇の内、大海原の微粒子水滴の中、樹林内の一握埋め土の中など、さまざまです。
哲学者や詩人でない平凡な一市民としては、死を思索して死後を論理的に探求する必要はないし、そんな能力もありません。ただ、考えることは自分がこの宇宙という広大な自然の中に微小な存在としてあること、そして社会的規範のもとに生きていることぐらいでしょうか。感覚的にいえば、死後においてあとあと塵芥として処理されてしまうような形式であるよりは、いつの日か自然に還流していくような状態でありたいということです。
取り留めなく考えているとき葬送の自由をすすめる会を知り、入会しました。
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■海の自然葬を決めワクワクする思い
本郷擴江(東京都世田谷区)
数ヶ月前に自然葬について新聞記事を読み、ボランティアをさせていただいているデイホームで友人に話をすると、もうとっくに申し込みを済ませていました。参考資料を見せていただいたのがきっかけになり、さらにほかの友人に話をすると、その方の叔母様が自然葬を海でなさって、とても素敵だったと話していましたので入会を決めました。
入会を決めたことに私の2人の娘は大賛成で、自然葬の契約では実施場所を一緒に選んでくれた石垣島にしました。人間水から生まれ、私も母の羊水の中に暖かく護られ、また海に還れることはとても嬉しく思います。
真っ青な絵の具をたらしたような大海原、間真っ青な広い空の下にかがやくブーゲンビリアなどを想像し、「お母さん何だか死ぬことが楽しみになっちゃった」というと、娘は「私まで何だかわくわくしてきた」などと答え、冗談のような会話になりました。そして「こんなロマンチックな自然葬を自分で見届けられなくてお母さんかわいそう……」と娘がポツリと一言。「ワッハハー」と明るく決定した次第です。
いつこの日が来るかわかりませんが、人に迷惑をかけないよう健康第一に日々を楽しみたいと思います。
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■生きていってもらう人を大切に
万代愛子(京都府八幡市)
65歳です。もうすぐ66歳です。これでも充分長生きさせてもらったと思っていいます。
「葬送の自由をすすめる会」をつくっていただき、すばらしい自然葬ができるようにして下さり、私はそれにたずさわって下さった人々にご苦労でありましたことを思いますとともに感謝の気持ちでいっぱいです。お寺さんやお墓については皆様も冊子で述べておられますように、私どももいろんな思いをしてまいりました。そういうプロセスを通ってきて今は、永眠いたすものより生きていってもらう人々の大切さや苦労を思い、わずらわしさをはぶき、静かにそっとあの世とやらに行きたいと希望しています。
このように考えていらっしゃる方々にひとりでも多く知っていただけることを願ってはおりますが、無理強いだけはしないでおこうと思っています。また、黄泉に入った仲間ともそのめでたき日がくるまで楽しくはげまし合い、一歩一歩進んでいけたら幸せに存じます。
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■肉体は地球に、魂は高次元の故郷へ
土田邦彦(東京都町田市)
「葬送の自由をすすめる会」に入会して16年になります。
昨年は「千の風になって」がブームとなりあちこちで歌われました。しかし、自分の問題として具体的に取り組んだ人はそれほど多くなかったのではないかと私は感じております。子どものころ、父親の実家に行き薄暗くじめじめした墓所にお参りに行くのがとても嫌でした。俺はこんな墓に入るのは絶対嫌だと思ったものです。
「人間の存在とはなにか」とずっと考えてきました。そして結論は、肉体はこの地球に戻し、魂は高次元の故郷へ喜び勇んで帰ることだということでした。
葬式など致しません。火葬にした後は、骨は粉状にしてもらい「葬送の自由をすすめる会」による合同葬で相模灘に散骨してもらいます。
私を偲びたい人は相模湾に面したカフェなどでコーヒーでも飲みながら光り輝く海原を眺めて下されば良いのです。多分、私のあの世への旅立ちは「事後報告」となるでしょう。そのことを知ったときは、その場でしばし瞑目して下されば、それで充分でございます。
嘆き悲しむことは無用です。むしろ「よくやりましたねー」と祝福して下さい。それが最高のはなむけの言葉です。
今年の元旦も近くの「かしのき山公園」に出かけ落日を眺め青空に浮かぶ茜色に輝く雲を仰ぎ見ることができた幸せを心から有り難く、大空に向かって「ありがとう」と叫びました。
(以上、今年の寒中お見舞い状として知人にお送りしました)