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会員の声_2006年分
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■死はまた恵かもしれない

山口基子(群馬県伊勢崎市)

  今度は入会できて嬉しい気持ちです。以前より漠然と墓はいらないと思ってきましたので、自然葬というものが実際に違法でないということに明るい気持ちになりました。私は海のない県で生まれましたが、海が好きで、趣味もダイビングです。伊豆の海は幾度か潜っていますし、沖縄の海はきれいでした。

 死ぬことを考えることができると、生きることを大切に考えられます。自分のことも、また自分ができる他の人の幸せのことも考え、この先長いか短いか分からないけれど、人生を生ききるその時までできるだけしなやかに、人々とのかかわりを大切にして、ひっそりとおだやかに死を迎えられるよう精進していきたいと思っています。

 だれにも平等に訪れる死は、また恵なのかもしれません。そんな死が迎えられるような気がしてきました。


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■型だけの墓はいらない

丸山澄子(東京都多摩市)

  子どものころから人が死んだらお墓に入るのがあたり前で、お墓がないという事など考えられない事でした。小さいころ、夏休みに両親と田舎の祖父母や親類の墓参りをしたのをなつかしくおもい出します。でもここ何年も、遠い事(福井県)もあって両親の墓にもお参りに行っていません。主人の故郷は長野ですが、同様ご無沙汰です。

 それやこれや考えてみて、お墓があるからお参りしなければとおもうので、なければ、いつも気にかけていることはないですし、何年も代がかわってもお墓をまもっていかなければという事がないわけです。何時、何処でも故人をしのぶのは出来るとおもいます。高いお金をかけて型だけの墓は必要ではないという結論に達したとき、友人がご主人を亡くされ海へ散骨された事伺い、この会のことを知りました。

 もし墓をつくったとしてせいぜい子どもの代までは墓参りしてくれるでしょうが、その後、負担になってもいやですし、私の死後は簡単に、気持ちだけはもって山にでも海にでも散骨してくれたらうれしいとおもっています。


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■みかん畑の光と風の中に還りたい

上野山陽子(和歌山県有田市)

  6年前がんを患い、病床でいろいろ考えました。病気になったことがない体だったので、ショックも大きかったのですが、退院して治療と続けながら生と死はとなり合わせなんだと思いました。みかん農家であり、自然の中に生活させてもらっているのだから、いつかは私も自然の中に還って、その一部になればと思ってきました。

 今年1月、義父をみとり、浄土宗の葬儀をしましたが、死を悲しむ余裕すらないあわただしさと形ばかりの式に失望しました。そう遠くないであろう自分のその日は、せめてありのままにシンプルに送ってほしいと強く思いました。夫も同じ思いでいます。

 子どもたちからもその考えを書面(遺言)で残してほしいといわれています。墓は先祖代々のものがありますが、暗い穴の中に入れられるようでいやです。みかんとともに歩んできた半生、みかん畑の中で光と風を感じられる自然葬をと願っています。


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■新聞に投稿しました。

大西武将(愛媛県西予市)

「 会員は、葬送の自由について考え、社会的合意を広げるよう努める」ということなので、地方紙 「愛媛新聞」に投稿しました。

投稿欄の「葬送の形 多様であって良い」、左の写真がそれです。

 さて今の私は、焼骨を粉末にすることが一番気がかりです。妻に依頼するつもりですが、うまくやってくれるだろうか気がかりです。妻がやってくれない、あるいはやろうとしてもうまくいかない場合に、費用を払って会の方で粉末にしてもらえるなら私は安心です。生前契約すれば、後はいつでも安心して死ねるという気がします。 


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■戦地の砂さし上げます。

佐野義徳(川崎市)

 私は昭和16年1月10日、横須賀海兵団に入団致し、敗戦はニューアイルランド島カビエンで迎えました。かねてから心に秘めていた現地での墓守にと得度し、53年より慰霊の旅を続け、パプアの大使館にお願い致しましたが許可されませんでした。その後もラバウルは毎年、ブーゲンビル、 ガタルカナル、ニュ―ギニア本島、ウエワク、サイパン、グァム、海上は日本丸とふじ丸にて50日、太平洋始めほぼ全域で慰霊を致してまいりました。

 家内が倒れ現在は老々介護、86歳9カ月の私が84歳の妻の介護を致して居ります。現在は小康を得、自分のことは殆ど出来るようになりました。

 戦友の多くが私の行くのを、皆首を長くして待っているでしょう。若し会員の中にニューギニア、ラバウル、ウエワク、ブーゲンビル、ガタルカナル、サイパン、グァム島で戦死された遺族がおられれば、島の砂、私は霊砂と申して居りますが、ご希望の方に差上げます。 


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■山林にできた犬、猫の墓に思う

森嶋海男(千葉県八千代市)

 私は、今年71歳になります。平均寿命を思うとあと数年かなと思っています。これまで妻の両親、母、兄、親しい友人たちの葬儀に参列し思ってきたことは、人の弱み、不幸につけ込む医師、僧侶、葬儀社などの商戦的な行為です。強い不信感を持ってきました。

 一方、会結成の趣旨にあるよう死者のための墓地が山々の緑を剥ぎ取り、空き地を占領し、生きる者が享受すべき自然が失われていくことも痛切に実感しています。

 私が住む市のなだらかな山林地帯に大きく立派な建物が出来ました。学校か病院かと思ったら、犬、猫の墓でした。

 日本はどうなるのだろうか。死者を葬る方法は、故人の志と、遺族の意思によって決めるという趣旨は、私の人生観の基本と通ずるものがあり、共鳴できるものです。  


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■最後は自分の意思で決めたい

和田弘(札幌市)

 生を受けたら死に通じる。

 この生きる過程は楽しみ、喜び、苦しみ、様々な経過を得て人生が終わる。自分ではどうにもならないことを乗り越えて行くことが人生であると思う。その最後が死である。

 せめて自分の意思で終えたい。