(200807001_MYasuda)
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“本人”から届いた死亡通知
突然で恐縮ですが、
わたくし××××は、2008年7月6日に膵臓がんのためあの世へ引越しました。
葬儀・記念会など、私の意向で営みませんのでなにとぞご了承くださいませ。
長い歳月にわたって大変お世話になり衷心より深く感謝し、厚く御礼を申し上げ ます。
あなた様の平穏と平安をお祈りいたします。
2008年8月7日
××××
1930年5月8日生(78歳)
これは、私の友人から届いた“本人”差し出しの死亡通知のハガキです。
死期迫ると知った友人は、家族らに、あらかじめ“本人”差し出しの死亡通知の原稿を渡してあったのです。
友人が死去すると同時に、遺族らはそれをハガキに印刷し、友人が書き残したあて先に従って関係者らに郵送したわけです。
死亡通知は、遺族がもっとも頭を悩ます問題のようです。たとえば夫の死後、妻はどんな方たちに死亡通知を出せばよいのか、夫がきちんと整理してくれていないと、途方にくれてしまいます。
ある講演会に招かれた折り、友人から届いた“本人”差し出しの死亡通知の話を切出しました。会場の男女、自然葬に関する話を聞きに来られた方たちは当然ながら高齢者が多い。その聴衆の間にぴりっとした空気が流れ、みんなの目がいっぺんに私の方に集まってくるのを感じました。数人の方にきいてみると、「“本人”差し出しの死亡通知は面白い。自分も参考にしたい」という賛成の声ばかりでした。
西南戦争での政府軍勝利の立役者、谷干城(1837−1911)は、その後、保守政治家として名をあげたが、知人への死亡通知について「次の通り報知すべし」と遺言に書いています。それがちょっと変わっている。
「谷干城何月何日死去致し候。葬式の儀は遺言により邸内に於いて神式を以って相営み候間、此の段御報告申し上げ候。但し遺骸の儀は火葬に致し郷里へ送り候間、親戚始め一統告別は、何月何日何時より何時迄に至る。生花放鳥はもとよりその他の御贈物、失礼ながら一切お断わり申し上げ候也。上の如き文にて宜し」と。
加えて、本来ならこんなことも下らないのだが、何かしなければ式場がさびしくなるからやるまでで、自分としては「神官や坊主などの力により、死後の幸福を得べきものに非ず」と考えている、といっています。(山田風太郎著「人間臨終図鑑」を引用、参照)