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宇宙物質の輪廻の中の私−天体物理学者の小尾信彌さん
著名な宇宙物理学者で放送大学の学長を務めた小尾信彌(おび・しんや)さんがこの度、「葬送の自由をすすめる会」の顧問に就任しました。商業主義の葬送に空しさと憤りを感じておられたと言う小尾さんが、就任にあたって次のような感想を寄せてくださったので紹介します。
この会を知ったのは1995年、「自然の中の死」シリーズの講演会で「星の死」を話した時である。安田会長にお会いして会の趣旨を述べた小冊子を頂き、葬送の自由をすすめる運動を知って、目の前が開ける思いがした。知己友人等の葬送で、日本の横並び社会のしがらみの中で根強く生き続ける商業主義の葬送に、空しさと憤りを覚えていたからである。
人間の死については1993年、朝日新聞夕刊“こころの頁”に書いた「自分と出会う」を抜粋したい。『宇宙を研究してきた私は、物質的存在としての自分を客観的に見ることができる。・・・私たちの銀河系では、何千万年、何億年をかけて物質と天体が世代を交代し、その輪廻の中で物質も天体も銀河系も進化している。今では常識のこの進化の道筋を私たちが発表したのは1955年、湯川先生の示唆で2週間の研究会が京都で開かれた時だ。
太陽系の一員としての地球、そこに生きる人間そして私は、そんな宇宙物質の輪廻の中で存在している。宇宙が開闢して150億年、太陽と地球が誕生して46億年たつ現在の、100年足らずの存在である。私たちは宇宙そして地球の、全歴史を背負ってここにある。
私は霊界や死後の世界を考えない。死後は心とつながるすべてのものと訣別し、永遠の休息に入る。しかし、宇宙と訣別することはない。遠い未来に地球の全物質とともに宇宙に還元され、宇宙の物質の輪廻に再び加わる。』
宇宙を墓にとの考えもあろうし、直接のふるさとである地球を墓にという考えもあろう。人の一生は誕生で始まり、死で終る。誕生には関われないが、死には、できる範囲で自分の意志を生かしたい。死ぬことによって生が完結するのであるから、自分らしく死を迎えたいと思い、自由な意志を生かして葬送されるのは、人間の根源的な権利である。どう死ぬかは、どう生きたかと一体なのである。
この10年、横並び社会の崩壊の中で、この会の活動が原動力となって葬送の自由は進んでいる。とはいえ、墓地のセールスをはじめ目に余る状況はなお横行している。会の発展のために私なりの力をつくしたい。
小尾さんは1925年3月東京生まれ。小学校から大学までは、31〜45年という長い戦争の時代と重なる。終戦の翌年、東大理学部天文学科を卒業。その後は研究、教育と普及活動(天体物理学、宇宙論)を続ける。理学部助手、東京(現国立)天文台技官、東大教養学部助教授、教授を経て85年3月退官。その間、在米研究(58〜61年)、ウッドロウ・ウィルソン国際学術センター客員研究員(81年)など。85年4月から新設の放送大学教授、副学長を経て92〜98年学長。現在は東大名誉教授、放送大学学園顧問、理学博士。
学術論文(欧文)のほか、「宇宙の科学第2版」、「銀河の科学」(NHKブックス)、「宇宙を測る」(朝日新聞社)、「ビッグバンって何だろう」、「宇宙創成はじめの三分間(訳)」(ダイヤモンド社)など多数。