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現代日本における生前葬

現代日本における生前葬

―新しい人生儀礼の誕生―

        (米ノートルダム大学人類学部)河野さつき
       

 はじめに

 最近「長生きはしたくない」という声を聞くことがあります。2002年の日本人の平均寿命は女性84.93歳、男性78.07歳。世界で名だたる長寿国となった日本では、長生きは特別な贈り物ではなく、むしろ心身の衰えや病気をもたらす不安の源と考える人も少なくありません。

 そのような長寿に対する価値観の変化は、人生の節目を彩る儀礼にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。ひと昔前までは、還暦などの年祝いや、寺社での長寿祈願がごく普通に行われ、さまざまな変化はありますが、現在でも行われています。

 しかし、その一方で新しい儀式も誕生しています。生前葬は「生きているうちに行うお葬式」としてマスコミなどに取り上げられていますが、本稿では生前葬を高齢社会が奏でる不安を見据え、老後の自立をうたい上げる新しい人生儀礼として考察したいと思います。

生前葬と現代のお葬式批判 

 「お葬式を生きているうちに行う」という生前葬を理解するには、まず現代のお葬式事情を考える必要があります。昔はお葬式といえば、地域の共同体が中心となって自宅で行うものでした。しかし現在、ほとんどの方が病院で亡くなり、お葬式は葬儀社に委ねられます。

 死の商業化・専門化が進んだ今、業者まかせのお葬式はお金がかかり、会計システムが不透明だと批判する人も増えています。お葬式が社会慣習化し、付き合いでお葬式に出席する人たちも少なくない状況で、本当に故人を悼むための儀式を求める人々もいます。また、仏式が主流のお葬式ですが、信者でもないのになぜ僧侶に読経を頼むのかと問う人たちもいます。このようにさまざまな疑問が噴出するなかで、手作りのお別れ会、無宗教の追悼式、質素なお葬式など、自分らしい心のこもった儀式を求める声が高まっています。そして、それらの人々と同様に、生前葬を希望する人も自分らしいお別れの儀式を行いたいと考えているのです。

 お葬式は死者の冥福を祈る宗教的儀式というよりは、別離の社会的儀礼と考える人が増えていますが(「都民の生活意識と費用等実態調査」1995年)、生前葬はそのようなお葬式のお別れ会化の延長線上にあるわけです。しかし、お葬式の詳細を生前に決めておくだけの人と違い、生前葬を行う人は、自分のお別れの儀式の計画者としてだけでなく、演出者、実行者、主役としても活躍することになります。

生前葬を行うきっかけと意義

 生前葬は、死と向き合った経験が契機となり行われることが多いようです。1993年に生前葬を行って話題となった女優の水の江瀧子さんは、身内のお葬式が事務的で味気ないものだったので生前葬を計画したと語っています(「週刊朝日」1993年2月12日)。身内の死だけでなく、入院や手術の体験も生前葬を行うきっかけとなっています。「今は元気だけれど、いつ自分にも死が訪れるかわからない」という自覚、そして「生きているうちにお別れの挨拶をしたい」という気持ちが生前葬に結びついているのです。

 生前葬にはどのような意義があるのでしょうか。現代の高齢社会においては、人が死を迎えるまでに長期介護で家族が疲れきってしまうというケースも多く、お葬式はさらに家族の経済的、肉体的負担を増やすことになります。そこで、生前葬を行う人々は、生前にお別れをして、遺族の負担を減らしたいと考えています。また、故人は弔問者と言葉を交わすことができないので、元気なうちにお別れをして、お世話になった人に感謝の気持ちを伝えたいという人も多くみられます。

生前葬と人生儀礼

 最近では還暦を盛大に祝ったという話はあまり聞きませんが、ひと昔前までは年祝いは地域の重要な儀礼で、長寿者にあやかって参加者も長生きをするようにとの願いが込められていました。地方によっては火吹き竹や長寿者の手形などの贈り物が配られ、火難に遭わないとか魔除けになるといわれていました。現在では長寿者に対する考え方も変わってきていますが、長寿者は共同体の構成員に安寧と長寿をもたらす特別な力を持つ存在であったのです。

 生前葬はよく喜寿などの年祝いにあわせて行われるのですが、年祝いとはどのような類似点があるのでしょうか。まず、年祝い同様、生前葬でも親戚や知人が集い、お祝いのスピーチや祝宴が行われます。しかし、相違点もあります。年祝いにおいては、長寿は皆があやかりたい大変好ましい状態であること、そして、お祝いを計画、実行するのは長寿者本人ではなく、家族や周囲の人々であるという点です。

 さらに生前葬には結婚式を思わせるような点もあります。誰でも一生に一度は主役になることができ、その機会を与えてくれるのが自分の結婚式だと言う人がいます。けれども、生前葬を行えば、もう一度その機会がめぐってきます。生前葬では、演歌、ジャズ、クラシックなどさまざまな音楽が使われ、なかには主役自らカラオケを歌った事例もあります。また、自分史を出版して配ったり、自分の人生をスライドで振り返ったり、出席者の賞賛のスピーチを聞いたり、生前葬は主役が気分良く楽しめる場となっているのです。

 お祝いムードがある一方で、生前葬にはお葬式と重なる部分も数多くあります。出席者はお別れのスピーチを行い、皆で会食します。僧侶の読経は稀ですが、お香典を集めたり、主役の写真を飾った祭壇に献花したりすることもあります。このように、生前葬はさまざまな人生儀礼の構成要素を含んでいることがわかります。

新しい人生儀礼としての生前葬 

 生前葬を行った人が亡くなると、お葬式が行われることはあるのでしょうか? 生前葬はお別れの儀式ですから、亡くなったときには正式な葬儀・告別式を行わないことが多いようです。ただ、「偲ぶ会」など、故人を追悼する何らかの場を設けることは珍しくありません。ここで興味深いのは、生前葬を行うことにより死亡時のお別れは身内だけの集まりになる傾向があることです。

 人類学者は、誕生、成人、結婚、死など、人生の節目に行われる儀礼を研究し、人の一生における社会的立場の変化(例えば若者が大人になるなど)を世間や仲間が認める機会であると指摘しています。それらの儀式には、古い自分が新しい自分に生まれ変わるための死と再生の象徴が多用されます。

 生前葬でも、弔辞がわりのスピーチ、お香典がわりの会費、お別れの挨拶、祭壇や写真、そして時に僧侶による読経など、死を象徴するさまざまな行為や舞台装置が使われています。また、白装束を着て出席者の献花を受け、いったん退場した主役が「こんにちは、あかちゃん」のメロディに乗って再登場したり、復活祭と題した宴会を催したり、再生を思わせる行動も目につきます。

 生前葬を行う人は死と再生の先に何を見ているのでしょうか? 生前葬後、「今後は年賀状を出すのをやめます」と、慣習から自由になる決意を語った人もいるように、しがらみを捨て、残りの人生を自分らしく気ままに生きたい―そのような思いが生前葬には込められているのです。ですから、生前葬は、死の儀礼ではなく、人生終幕のはじまりを告げる新しい儀礼なのです。

終わりに

 生前葬を行う人は、儀礼を通じて人生の終わりを見据え、現在、命あることを祝い、今まで支えてくれた人々に感謝し、残りの人生を自分らしく思うままに生きようという決意を表明しています。生前葬は、今日の高齢社会に自分らしい終幕をつくり出そうという力強い自立のメッセージを発信しているのです。

謝辞

本稿は、米国の学術誌(エスノロジー)に掲載予定の拙著論文(現代日本における生前葬)を要約したものです。論文の発表を許可くださった同誌編集者の皆様に感謝致します。本研究は、日本学術振興会の研究助成により実施されました。研究にご協力くださいまし皆様にも厚く御礼申し上げます。

 筆者略歴(河野さつき)

 1966年東京都に生まれる。米国ペンシルバニア州ピッツバーグ大学大学院人類学部博士課程卒業。文化人類学博士。2000年よりインディアナ州ノートルダム大学人類学部助教授。

(註)本稿の著作権は「エスノロジー」に属し、同編集部の許可なしには転載できませんので、著作権の件につきましてはどうぞ筆者にご一報くださるようお願い申し上げます。