(20030816_prs_SHinohara)

お盆に思う葬送の自由_日野原重明

  91歳・私の証 あるがまま行く                        

日野原重明

「墓と自然葬」・・・・・・・2003年8月16日(土)朝日新聞「B面」引用

お盆に思う葬送の自由

日本ではお盆は春と秋のお彼岸に、大勢の人がお墓参りに行きます。特にお盆は夏休みとも重なり、都会で働く人たちが帰郷した際に、家族で一緒に実家のお墓へお参りに出掛けた方も多いでしょう。

 古来、日本では、人間の死を不浄ととらえ、屍体(したい)に触れた手は水で禊(みそぎ)をするとか、塩をまく風習がありました。それが、仏教の広がりともあいまって、ただ避けるだけではなく、お盆などで供養する形が定着しています。

 私は86年、東京都霊園問題研究会の専門委員の1人になり、各地の霊園を見学する機会を持ちました。地価高騰などによる折からの墓地不足の中で、お墓や霊園の新しいあり方を探るために、元東洋大学長の磯村英一先生を会長に都が設けた研究会です。それ以来、お墓の問題に大きな関心を持つようになりました。

 都市社会学者で平和や人権問題にも熱心だった磯村先生は、「もやいの会」の会長をつとめ、都心に近い巣鴨の霊園内に「もやいの碑」という合葬墓をつくるなどの活動をされていたのです。それは、従来のように家ごとに墓を構えるのではありません。しかし、共同の墓に入る前に見知らぬ者同士が少しでも知り合えるように定期的に勉強会や合同慰霊祭が持たれ、会員間のつながりが尊重されました。新しい墓の形だと思いました。

 最近は、お墓に納骨するのではなく散骨という形を取る方も増えています。遺骨を粉状にして川野や海上にまく方法で、「自然葬」と呼ばれています。送られる人が生前に家族に遺言し、手続きをとる例が多いようです。自然葬を支える運動も静かに広がりをみせています。

 海外ではこの形式が珍しくありません。米国では私が留学した50年代、30ドルぐらいで飛行機の上から遺灰を海上にまくことができました。90年10月、ライシャワー元駐日大使の遺灰が空からまかれたとの報道を覚えている方もいるでしょう。インドのネール元首相も、中国の周恩来元首相も自然葬です。

 自然葬とは異なりますが、私の尊敬するオスラー医師の遺灰は壷に入って、カナダの母校の図書館の壁に納められています。墓地が不足し、「家」の形も変わりつつあります。人生の締めくくり方を自由にとらえる人も増えているのでしょう。日本では91年に「葬送の自由をすすめる会」という市民団体ができました。自然葬の相談にものってくれます。参考までに連絡先を記して、この回は終わりにしましょう。

葬送の自由をすすめる会本部
郵便番号112-0004 東京都文京区後楽2の2の15 早川ビル 
電話  03・5684・2671